恒例
同じような出来事が何度か続くうちに、しだいに「恒例感」が高まってくる。そうなると、どうしても、"いつもの"だなあ、と、ぞんざいに流す感じになってきて、説明もおおざっぱになってくる。前置きが乱暴になり、詳細も省き始める。
毎度毎度最初っから語っていればよいわけでもないはず、とは、もちろん思う。削ったほうがよいことだって当然ありうる。文章が想定している目的と読み手によって変わってくるに違いない。連載記事の中で毎回同じ用語の説明をはさまれてもそれはそれでダルい。
ただ、削ったほうが場合があるにしても、「さすがに削りすぎだろ」という範囲はやっぱりあると思っていて、その閾値を超えるのは、ちょっと、避けておきたい、って感じてはいるのだった。サボりや手抜きの匂いがするならなおさらだ。
思考停止の中、最小限のことばを置くだけになっていて、結果、意味が通るかあやういギリギリの文章を書いていることが、たまにある。その背後にある気持ちが「飽きた」「めんどうくさい」であることも少なくない。昨日の日記を書いたときにも、最初はそういった精神状態が見え隠れしていたため、自戒し、書き直した。別にそういうふうにあなどったりしたいわけでもないのだと反省した。