軸になる知識人はけっこう近似
知識人、作家、哲学者、思想家なんかの名前や、かれらの考案した言葉・概念・視座が、特にアカデミックな要素のからんでくる領域の話だと、ぽんぽん混ぜこまれてくるのだけど、どうやったらついていけるようになるのか、どうやったら憶えられるのか、学生時代、だいぶ不安だった。真似できる気がしなかった。果てしなさを感じていた。
が、関連書籍などを読んでいれば有名どころは意外と頭に残るもんだよ、というのが、いったんの結論にはなったかな。アリストテレスとかピタゴラスとかデカルトとかユングとかマルクスとかハイデガーとか吉本隆明とか、「影響範囲がデカい」人については、やっぱり、一定、偏在した形であつかわれているところがあって、なんだかんだ、いろいろな場所で見かける羽目になる。ちょくちょく絡む機会がある。結果として、意外に、印象に残る。「あ、またこのひとが出てくるんだ」ってなる。
というほど、ちゃんと記憶できているかはわからないし、うろ覚えも数え切れないくらいあると思うし、入門書レベルの粒度低めの把握ではあるのだが、しかし、前置きなく名を挙げられて、「誰?」「何者?」といった心理的抵抗を覚えることは、さすがになくなった。身構えずに済むようにはなった。むろん固定観念の根床になりかねないとも思ってはいて、良し悪しあるとも思うのだけど(活かしかた次第でもあるんだろうけど)、ともあれ、「なんで皆そんないろいろな人の名前を出してこれるの?」と不安を覚えていたころの自分に対しては、あんま気にしなくいいんじゃない?って言ってあげたくはなるのであった。