世界は称賛に値する

日記を書きます

2024年12月10日(火)想像力を引き出されるのは楽しい

想像負荷の高低に貴賤はなさそう

SF小説を読み始めると、「想像力めっちゃ引き出そうとしてくるやん」「そんなムチャなイメージ描こうとしてこさせることある?」みたいに、さすがに厳しいとか思わされつつも、なんだかんだニヤリとさせられることがあって、結論、楽しい。シミュレーターのCPU利用率が急上昇し、放熱ファンがぐんぐん回り始める勢いだ。

ファンタジーやホラーでも、そんなふうに過熱させられることはある。が、傾向としてはSFが多めかな。そしてたとえばラブコメでは、あんまりそういった希望を果たせない。って、なんとなく思ってしまったが、単に、ラブコメのときは、こちら側が、勝手に甘く見ているというか、はなから諦めてしまっているというか、細部を削って安全圏でのみ動くように無意識に調整してしまっているだけかもしれないな、とも思った。現代異能、異世界転生なんかでも、「想像しやすい光景」の範疇で、つまり手のひらのうえに乗せやすいものだけで、想像力を働かせているところがある気はする。とはいえ、そもそもそういった目的のもとで形作られた創作物だってあるんだとは思うけど。想像負荷の高低に、貴賤はないんだとも思うし。

noteとcakes

ブログサービスというか記事の掲載媒体である「note」に、最近は漠然と、素敵そうなイメージも持つようになっていて、使ってみたい、と思うことも多いのだけど(アカウントはある)、「ここって昔なんかちょっとあったよな~?」って引っかかるところもあって、なんだったっけと思い出していた。

結果、「cakes」から「note」にメインサービスを切り替えていきます、と運営側が謳い始めたときの、書き手たちに対するさまざまな不誠実対応みたいなことを、思い出した。当時、たくさんの議論を呼んでいた。不信感があるのでもうcakesやnoteには書きません、と宣言する書き手も少なからずいたと思う。いまのnoteの隆盛から振り返れば、cakes→noteの判断自体は妥当だったと思えるところもなくはないが、しかし、同じ文脈のうえにあると捉えるなら、やっぱりあんまり好きじゃないかも、とまではいかなくとも、警戒はしておいたほうがよいのかな、って不安にはなる。同じ人間、同じ価値観が、背後にありうるなら、多少は怖い。