世界は称賛に値する

日記を書きます

2024年11月14日(木)年齢相応とかほんとうは別に無い

年齢に制限されず

年齢に制限されることなく(配慮や心配することなく)なんでも挑むことができたらよいのに、とは思う。「年齢相応」みたいな概念が消滅してくれたら嬉しい。まあ年齢に限らず、所属でも人種でも性別でも知能指数でもなんでもよいのだが、物理的な存在としての差異を根拠に、あつかいかた/あつかわれかた、生きかたなどを、変えずに済む世界になってくれたなら、よりおもしろそう、とは感じる。物理とか具体とか、無駄に強すぎる。差異も目立ちすぎる。

弟子にしてほしい

とにかく高い熱量を背景に、尊敬する相手のもとに通い詰めて、熱意を認められ、弟子や子分にしてもらい、教えを請う、といったところなんかが、中高年や老年になってからやろうとしても、厳しい行為、って雰囲気はあるかな。若さによってギリギリ許される(ケースもある)気がしている。「経験不足かもしれないから成熟してなくても許される」「可能性がまだ残っているであろうから許される」の二軸があるかと思う。

中高年だと、成熟しているはずだから許されないし、可能性も残っていないだろうから許されない、って言い切れるような世界が、好きか、って言われたら、とはいえぜんぜん好きではない。どうにかしてそういった形じゃない世界を顕現させることができるなら、そうしたい、と感じさせられるくらいには、ぜんぜん好きじゃないな、と思った。