世界は称賛に値する

日記を書きます

2024年11月12日(火)勉強を嫌がる人も嫌がらない人もいる

言葉の掌握した感、安心感

たとえば書籍一冊分の言葉のすべてを「掌握」した気になれたことはない。が、一行から五行くらいの言葉だったら、ほどよい「掌握」感は得られる。ぜんぶが手中に納まっているような文章は気持ちがよい。というか、単に、取りこぼしがなさそうで安心する。見逃したくない。日記ならなおさらだ。といったフィーリングで、小分けにした日記文を残したい欲はある。

学びの日だった

学びに専念した日だった。学習したことをしっかり書き残してみせるのが日記としては最適だとも感じたが、難しい。キレイに書き残せるほどわかりやすい話ではなかった。たとえばご教示いただいた内容が10個あるとしたら、そのうち、さしあたり身につけられるであろう、親和性が高い2、3個を、書き残すくくらいが関の山なんじゃないか、とは感じた。

そういう意味では、今回、直接学んだ理論や手法そのものよりも、学習のさなかに、ディスカッションで採りあげられた、おのおのの「譲れない"概念"」の話のほうが、だいぶ興味深かった。誰の特徴も、「強い/弱い」といった物差しで切り捨てるんじゃなく、単なる「差」として、なんとかしたい。ぼくが、ぱっと出せた「概念」は、そんな感じだった。

知という軸もあってよい

言語化された知は広がりやすくなる。我々も、人類史上での「言語化された知性の集積」を活かし、それを足場として、認識や思考におけるやや高い水準を維持できている部分があるはずだろう。そして、そういった効果が、今日の講義でなされたような理屈の教示の背後にも、あるんじゃなかろうか、とは思った。会社組織においても、「言語化された知性」を、そういうふうに活かすことが可能なはずで、だから、そういったところを踏まえた前置きを、今日は残せて、よかった。達成感があった。