世界は称賛に値する

日記を書きます

2024年11月05日(火)書いてばかり

書く時間

ここのところ、日記の記述にばかりかまけていて、読書やウェブブラウジングがはかどっていない。「本末転倒なんじゃない?」という指摘がなんとなく思い浮かんだが、すぐに、なんで、どこが、本末転倒なんだ?と、再度、ツッコみたくなった。なんで「読む」ほうに重心をかけたほうがよいと思いこんでいるんだ、と逆に気になった。書く行為と読む行為を比べたときに、「読む」ほうが重要、と判定するの、そんな当たり前の理屈だっけ?と、問い直したくなった。アウトプットがただただ楽しく、ともすれば、アウトプットばっかりしちゃってるぜ、っていう現状、むしろよい状態だととらえたってまったく問題ないんじゃなかろうか。いや、まあ、「書く」「読む」とひとくくりにして、その内容や質を問おうとしていないところも、乱暴でダメダメな気はしなくもないのだけど。

工藤静香

ふと、懐メロを模索しはじめて、最終的に、工藤静香の楽曲をいくつか買った。昭和アイドル的な意味合いだと、工藤静香・中森明菜・Winkの歌が無性に好きっぽいかな。理由はよくわからない。世代論というか人生のタイミングというか、ただとにかく、小学生くらいの自分に耳に、心地よく響いてくれていた、としか言えない気がする。結果、いまでも気持ちがよい。快楽がすごい。好きなんだからしょうがない、くらいのことしか言えないな、って思った。語れる理屈はあんまりなかった。

X以外

MastodonでもBlueskyでもだいぶ素敵な空間が築けたと思う。整えることができた。三桁に達しないくらいの限られたひとたちによるタイムライン、とても居心地がよい。Xでもこれくらいのフォロー数に絞れたりしないものかな、って考えたりもしたけれど、まあ無理だ。居心地のよさなんかより優先すべき、敬愛するひとたちが、いくらでもいる。いまさら削る気持ちにはならない。とするなら、それはそれで幸せな空間なんだろう、と納得はした。