あえて制限される
すごくよいものと出会ったとき、「ここがほんとうにすごかった」「ひとはこんなことまで思いつけるんだな」「評価が高い」といったことは、伝えたい。キュレーションとまでは言わずとも、推薦文くらいは書かせていただきたい派だ。好きなものばかりが並んでいった結果の記録が残っていってくれるのも、個人的にはありがたい。
もちろん、オススメすることが、かならずしも、よい結果をもたらすとは限らない。というか、「ひとに薦められる」のと「みずから巡り逢う」のでは、後者のほうが明らかに衝撃や感動が大きくなるため、極力薦めないでほしい、といった意見があるのもわかるのだが、しかしそれでも、知ったり知られたりすることの価値も、また、現代では高くなりつつあるのかな、とは思っている。コンテンツ数が膨れ上がっている現在、出会うための導線が引かれるだけでも、悪くはない。強制的じゃないならなおさらだ。
とはいえ、端的に「すごかった」と言うだけでは伝わらない。だからといって、精密かつ合理的に話せば伝わるというわけでもない。とにかく文字数にも時間にも限りがある中で、できるだけのことをするしかないわけだけど、難しい。要点を絞る技術なんかがキモになってはくるんだろう。時間的な余裕がない日に、むしろ、そういうことを試せばよいんだろうな、とは考えてみた。時間がないなら凝縮するしかない。それはけっこうありがたい制限なんじゃないか、と感じる。