Splatoonのランク
シリーズを通してスプラトゥーンのプレイ時間はだいぶ長時間となった。が、成果というか、成績というか、ゲーム内ランクでいえば、最上位に達することはなかった。それなりには頑張ったものの、とうとう不発だった。具体的にはXランクにはたどり着けなかった。漫然とプレイしているだけではダメなんだ、ということを学んだ。いくらプレイ時間(量)を積み重ねても、思考停止みたいな質の悪さがあると、そこがボトルネックになって、成長にもいつか限界がくる、と痛感させられた。
解説するタイプの動画や記事では、「ちゃんと考えろ」「いまとった行動の意味を説明できないのはダメ」「無駄な行動をとにかく無くせば一定のところまでは到達できる」といった話が、たくさん語られていた。効果があるはずの行動を、ひとつひとつ、きちんとみずからの意志で選び、透徹させていく。「選択する」という行動と意志が、癖になるよう、頭と体を馴らしていく。そういう振る舞いが重要なポイントのようだった。けど、そこの「考えの足らなさ」を、矯正しきれなかった。
文章
文章も、飽きるくらいにはたくさん書いてきたが、しかし、"漫然"とやっているところはどうしてもあって、「一定の量は書いてきているので、そこそこの文章は書けますよ」とか言ってしまってよいのか、わからない。物量的にはほどほどに書いてきていても、質のよいフィードバックはできておらず、腕前みたいな点では、結局、ぜんぜんレベルアップできていないのかも、とは思わなくもない。想像しているほどマシな技術は会得できていないのかもしれない。
漫然ととった行動であっても、とはいえ、一定の効果はあるのではないか、とは思わなくもない。まるっきり無駄かどうかはわからない。低品質なプレイングの積み重ねがどれくらいの成果をもたらすのか、まあ、実際は、謎だ。あくまで最上位の手前で足踏みする羽目になる、というだけであって、ある程度のところまでは伸びていってくれるのかもしれない。そして、そこそことはいえ、一般的には"じゅうぶん"な高みなのかもしれない。少なくとも、「やらないよりはよい」と言えてしまうケースはあるだろう。
まあ、万人が、「全身全霊で向き合う」ことが前提の社会なのは、流石に厳しい。無茶だろう。だから、「漫然」も許容していきましょうよ、と言われたら、それもそうか、とは感じる。ただ、スプラトゥーンで実際にXランクにはたどり着けず、くやしかったのは間違いないし、なんとなく、「漫然」を過剰に許す怖さも感じるので、"漫然"と過ごすばかりの状態がかかえるリスクも、多少は意識しておきたい。
もしかしたら、「そこそこは伸びたとしても、最上位の手前で、壁にぶつかってしまう」みたいなレベルの問題ではなく、そこで"そこそこまで伸びてくれた"ウデマエすら、その内実はズタボロで、長くは持たない、みたいな、憐れな事態になっているのかもしれないし……。安っぽい材料ばかり集めても同じ料理は再現できるよ(超高級な質を期待しなければね)、ということはもちろんあると思うけど、安っぽい材料に蓄積していく毒がまぎれていないとは限らない。