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日記を書きます

2024年06月20日(木)本好きの下剋上の再開

本好きの下剋上、第三部三冊目

『本好きの下剋上』を読み進めた。いまは第三部「領主の養女Ⅲ」(10冊目)あたり。ちょっと停滞していた。再開した。「このあたりはちょっと中だるみする」「第四部から特に盛りあがる」といった意見は見聞きしている。真偽のほどは定かじゃないが、ジェットコースターのアップダウンのような激しい事件が起きていないのは、まあ、たしかかな。なだらかといえばなだらか。下積みのような、チラ見せの、なにかにつながっていきそうな、描写・情報が多い、と言われれば、そんな気もする。

異世界転生に類する来歴の主人公が、異世界の文化・習俗に馴染むために、こんなに苦労する話は、珍しい。そこがこの物語の特色ではある。おもしろいところ(のひとつ)だ。これまで見てきた限りだと、このあたりの文化と文化の衝突のようなところは、圧倒的な力で押し切っていることが多い。というか、主人公側の持っている力が大きすぎて、押し切っている自覚もないまま、文化・習俗、つまり「常識」を、ぶち抜いていることが多い。「日本の常識」を手にしたまま、たとえば異国に旅行しただけでも、簡単に不協和音が響きわたるものなのに、異世界で「地球ベースの常識」がまかり通るのは、なかなか変だ。ちぐはぐさはたまに感じる。

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濃く描き分けない

『本好きの下剋上』は、地位や所属がいろいろ変わっていくこともあって、登場人物が多い。作者の趣味ないし方針なんだと思うが、「掘り下げない」感覚があるかな。あえて、はっきりくっきり、わかりやすく、キャラクターの描き分けをしないというか。変なふうに濃くしてみせないというか。これは物語的な要請によるものなのか、作者の好みなのか、いずれもなのか、とは考えた。

描写・演出的なことを言えば、「立場」による振る舞いの違いには、物語内で、かなりの焦点が当てられている。領主には領主の、神官には神官の、正しい振る舞いがある、っていう考えかたが、この異世界では、主流だし、土台だ。だから、ぱっと見は似たような振る舞いをしているひとたちが、まずたくさんいて、そのうえで、それぞれの内面に、なんらかの個性がある、個人個人の差異がある、というふうになっている(ように見える)。作劇としても、これを体現するものとして、「わかりやすくキャラクターを描き分けない」手法を選んでいるのかな、とは考えた。

本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~第三部「領主の養女III」 (TOブックスラノベ)