世界は称賛に値する

日記を書きます

延長線上メモ3/6月

アナログゲームどれも好きである

アナログゲームって一口に言っても愛好家からの視点だと細かくジャンル分けされていたりする。まずボードゲームとカードゲームで区分けしたりするし、時にはユーロとアメリカで分けたりもするし、あとは、人狼ゲーム、ウォーゲーム、TRPG、マーダーミステリー、謎解き、といったところで、それぞれ異なるクラスタに分かれている。こういう、その趣味界隈にどっぷり浸かることで見えてくる違いみたいなものが好きだ。

問う

"問える"ことのほうが"答えられる"ことより重要なのでは、という視点はけっこう好きだ。たしかに、学ぶことを「教えてもらって覚えること」と捉えてしまうと、答えばかり見るようになってしまうので、自ら問題にぶつかっていって腑分けするといった挙動に着目し、問い、を称揚するスタンスは、素敵だと思う。いやなんか、たまにそれを正当化の根拠にしてしまって、疑問文ぶつけるだけで満足してることもあるので、それはそれでダメだなあとも思うのだけど。

文字媒体

ライトノベル1冊がコミカライズされたときにまんが1冊になることは少ない。なくはないけどほとんどないと思う。これを、情報密度が濃い、と捉えていいのかなという疑問はある。まんがになって膨らんでしまうんだと思うのだけど、なにが膨らむんだろうとも思う。行動描写なのか、心理描写なのか、風景描写なのか。風景描写はまんが(絵)のほうが圧縮できる気もする。たくさんの要素が並んでいてそれを一枚絵にできるならまんがのほうが圧縮できる。細かい動きが一コマ一コマ描かれるなら文字のほうが圧縮できる、とかかな~。

バタフライエフェクト

起こったバタフライエフェクトの違いを見比べて遊びたいという欲がある。昨今タイムリープ物は増えたけど、行ったり来たりして細かい違いがどれくらい世界を変えるのかみたいなところをめちゃくちゃ試しまくる物語とかってあんまり見ない。結果的に行ったり来たりしていろんなパターンを見せてくれることはもちろんあるけど、ほんとうに無数に見せてくれる話も読んでみたい。ひとつひとつの世界線の説明があっさりしすぎていても面白くはなさそうだから(ちゃんとひとつひとつしっかり描いてくれたほうが情緒的には楽しいだろうから)、調整が難しそうだけど。

歴史ボドゲ

昔は歴史を苦手だと思っていたけれど、歴史はほんとうに面白いな!と最近は思うようになってきたので、若い頃しっかり学んでおかなかったことをけ後悔している。基礎知識を固めることができていたら楽しめるものが多かったはず、ということが今はわかる。ちなみにここ数年、ボードゲームが完全に趣味となって大好きなのだけど、特に海外製ボードゲームは歴史的な出来事をモチーフにしたものが多いので、そのあたりの背景がわからないことも、後悔を覚える理由のひとつになっている。逆に、ボードゲームから逆算して学ぶこともできるんじゃないの、とも思ったりはする。ランカスターというボードゲームが英仏百年戦争を舞台にしていて(たいへん面白い)、これで遊んだあとに百年戦争の詳しい内容を知って、なるほどこれをこういうゲームにするんだな~、って面白く思った。そういう楽しみがある。年代順に並べて歴史を最初から学ぶくらいもできそう。