世界は称賛に値する

日記を書きます

まとめ記事楽しかった現時点

▼▼昨日書いた「現状のiPhoneまとめ」的な文章の執筆が、まあ正直ぜんぜんまとめられてなかったわけだけど、思ってた以上に書いてて楽しくて、新鮮だ、と思った。珍しい楽しさだった。想像してた以上に普段のそれはと違う楽しさが潜んでて、頻繁に見かけるライフハック記事はだから書かれているのだな……、と想像したりできた。試行錯誤しながらがさごそぐちゃぐちゃ思考を掘っていく、なんていう普段よくやってる執筆時の思考とは、また少し違う楽しさだった、と言える。知識ひけらかしの楽しさ?
▼▼類似品を挙げるなら、料理を皿に盛りつけしてる時の楽しさ、あたりが、粗雑な認識ながらも、似てたかなあ。おそらく、おおよその完成形が見えているような状況での飾りつけの楽しさ、的なことではないかと思う。またやってみよう、とは思ったけど、あまり嵌ってしまっても嫌だな、とも思って、結果として書き始めたのはコレである。
▼▼費用対効果比率が高く見えてるのだよな……。まとめ記事的なやり口は、比較的書きやすくて、楽しさリターンも、反響リターンも、まあまあおおきめに見える。今回書いて理解できたのは「楽しさリターンが思ってたよりおおきかった」ってことである。
▼▼で、新しいせいで妙に楽しくもあって、続けてしまいそうで──結果、嵌っていってしまいそうだ、と思ったのだけど、形式化と類型化、からの形骸化、が想像もできて、やめた。けど実際のところ、継続的な行動がパターン化しちゃうことを避ける理由にそれを持ってくるの好きじゃないんだよなー。理想論が過ぎるというかあまり現実的じゃないというか。形式的類型的同パターン繰り返しも巧く使いこなしちまえ、とも思うし、形骸化なんかにびびってんじゃねえよ、とも思う。▼▼って無茶こそ理想論かもである。