世界は称賛に値する

日記を書きます

幸せになっちゃえばいいのに

▼送別会だった。送別会その一、と言っていい。明日の夜にも送別会が予定されていたからだ。深夜1時開始予定だった。勤務は午後2時までだった。だから、勤務を終えたあと素早く帰宅して睡眠を取っていた。というか、取ろうとしていた。深夜活動に備えようとしていたわけだ。しかし、間違いなく作戦失敗だった。どうしても夢の中にまで至ることができなかったのである。ばっちりはっきり完璧に覚醒してしまっていた、のだ。が、備えようとしないよりはマシだったのだろう、と、あとで少し思った。▼この人生がとても好きだ。楽しい、と逡巡なく言える。たまに、好きだと思えていること、や、楽しいと思えていること、を突き詰めようとして、思考をくるくる繰り返してしまう。繰り返した結果、きっとあなたたちがいてくれたからなのだろう、なんて結論を導きたくなってしまうことも、多い。おおむねそういう人生観なのだろうな、と思う。▼大抵のことは幸せに結びつけられるようになった。意味解釈行為をコントロールすることができるようになったからだ。けれど無論、最初からそうだったわけではない。最初の頃は単純な解釈しかできなかったはずだ。そして、単純な解釈しかできなかった頃に『単純な幸せ』をきちんと与えてくれた人たちがいたからこそ、現状の『意味解釈行為をコントロールできる』なんて言えるところまで歩き続けることができたのだと思う。だからとても感謝している。あなたたちのおかげだ、と思うのだ。▼幸せになっちゃえばいいのに、と思う。誰もがみんなちゃんと幸せになっちゃえばいいのに、なんて、無茶な我が儘を言いたくなることがあるのだ。この感謝を返すには君たちに幸せになってもらうしかない、という判断と、しかし人の幸せに対して私にできることなんて究極的にはない、という判断がせめぎあって、最後のところで無理矢理出力したのがそんな我が儘なんだろうな、と思う。