世界は称賛に値する

日記を書きます

世界をよくする現代思想入門(高田明典)

世界をよくする現代思想入門 (ちくま新書)

世界をよくする現代思想入門 (ちくま新書)

P.218

 ある分野に関して「ある程度充分な用語知識や概念理解が得られた」後に、「この人と同じ頭になりたい」と感じる思想家を選びましょう。もちろんこの「選択」は、多分に「ギャンブル」です。どんなに一生懸命読んでも「拒絶される」場合がありますし、「すんなり」行ったが「その価値がなかったな」と感じられる場合もあります。しかし「拒絶されようがなんだろうが」「価値があろうがなかろうが」、とにかく「同じになりたい」と考える人を想定することはとても重要です。現代思想の分野で職業を得たいと考える人の場合には「一年間に三人」、そうでない場合には「一年間に一人」を想定し、「一年かけて、その人(たち)の考え方を自分のものにする」ために読むというのが、この方法になります。ちなみに「一年間に三人」というのは、「私の、個人的な理想状態」を指しています(つまり、できていません)。十分なレベルに到達すると、たとえば「ローティがこの問題を考えたら、きっとこのように考えるはず」ということを「確信」をもって言うことができるようになります(往々にしてそれは誤解でしかないのですが)。
 この読み方のためには、著作の「すべての文」を「何の疑問も感じないほどにまで読み込む」ことが必要となります。一ページ読むのに数時間かかる場合もありますし、へたをすると一週間かかることもあります。「完全な理解」などは本当のところ「不可能」なのですし、「同じ頭になる」などというのもまったく暴論ですが、それを「目指す」という読み方です。

 現代思想の場合には、いくつかの「理想形」が存在します。
 デリダ、ローティ、ウィトゲンシュタイン、レヴィ=ストロース、ブルデュー、フッサール、クリプキ、アガンベン、ナンシー、あたりがそれです。
 上記を理想形というのは、解説本が充実していたり、邦訳本の翻訳の品質が高いことによるものであって、「原著者」とは、あまり関係がありません。極めて個人的な感想でしかありませんが、リオタール、ボードリヤール、クリステヴァ、フーコー、ドゥルーズ、フロイト、ユング、は、「並の努力ではつかみがたい」ものだと感じます。