世界は称賛に値する

日記を書きます

2023年11月23日(木)バラバラに敷衍する

行き当たりばったり雑感

最近なんかおもしろいことありましたかと質問する雑談はよくする。したいほうだとも思う。ひとがおもしろがったものを知りたがりだ。そこから新しい世界が拡がるとよいなという(少し過剰な)期待がある。そして、そういったところの雑談って、一回始まったら、あっちにいったりこっちにいったりする形に、だいたいなる。これもあったあれもあったとバラバラに話が進んでいく。飛躍も破綻も気にならない。そういう日記もたまには書こうと思った。あちらこちらで新たな出会い、ときには再会があるのに、ぜんぶは書き残せていないからだ。たくさんの感激が消えていっている。もったいない。せめてひとことは残しておきたい。細やかな論理構造も奇をてらった断面もいらないので羅列くらいはしておきたい。

高熱まではいかない

家族ふたりのインフルエンザ症状がやや穏やかで助かっている。際立った高熱が出てつらそうというところまではいっていない。目立つのは少しの発熱と鼻水くらいかな。対処が早かったのもよかったんだろう。もしかしたら予防接種が少しは効果を発揮してくれているのかもしれない。だったらよいな。マスクしてうがいして手洗いして、なんとか防戦しているつもりだが、このままウイルスから逃げ切れるかは不明だ。お子様のために買っておいた「鼻水吸い機」を初めて活用したが、ものすごく効果があって、人類知に感謝した。ピジョンにも感謝した。

2023年11月22日(水)感染のため早く帰る

インフルエンザ追加

家族内でのインフルエンザウイルス発熱者が増えたため願い出てサクサクと早退した。こういうときに帰れないような空気がないところは職場のよいところだろう。感謝したい。業務が詰まっていない頃合いだったのも運がよかった。なんとか後回しにしやすい状況だった。この状況が週末から来週にかけてやってきていたら面倒だった。

昨日の帰り際に、今後の進退についての相談というか雑談を聞いてもらえる機会があって、ありがたかった。そして少しビックリした。異様なタイミングのよさだった。帰りしなに、こんな偶然があるんだなとあらためて驚き直した。ほんとうに偶発的に隙間時間だった。ひとつなにかがズレていたらここでの会話は起きていなかっただろう。こういうときに幸運を実感したりはする。幸運なほうだとはけっこう思えているかな。ともかくいろいろな話を聞くことができた。事案も聞けた。思惑も聞けてよかった。今後に関する指針をいくつか提案いただく場面もあった。非常によい申し出だったんじゃなかろうか。ここで軌道修正を試みるかどうか、正直だいぶ迷ってはいるけれど。軌道を変えたときに振り落とされないかも不安である。が、昨今の職場環境だと自信を失いがちな側面もなくはなく、このまま、危機的な事態とまでは言わないにせよ、負の螺旋のおような状況が続いていくよりは、結果的にマシになるんじゃなかろうかとは思える。一時的な痛みをなんとかこらえてでも投資したほうがよい時期には見える。なんだかんだこういった一時的な痛みって耐えられたりもするし。このあたり楽天的ではある。

ボードゲームで社会が変わる

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『ボードゲームで社会が変わる』(與那覇潤・小野卓也/河出新書)を買った。最近は育児に追われていることもあって遊べていないが、ボードゲームはとにかく大好きだ。一時期ブログを書いていなかったのもボードゲームにハマりすぎていたせいである。ドイツゲーム・ユーロゲームと言われるような、おとな向けの傑作を遊ぶようになってからは、どっぷり浸かるようにハマっていった。人見知りするとか言っていたはずなのになんだか我慢できなくなってオープンゲーム会(誰でも参加可能)に顔を出すようにもなっていった。というわけで、もっと遊びたいし、もっと広まってほしい。人類に向けての語り口も効果ももっとたくさんあるに違いないと信じている。その一助になりそうな本だ。著者にテーブルゲームインザワールドの小野卓也氏がいるのも読みたいと思った理由だった。

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ボードゲームで社会が変わる: 遊戯するケアへ (河出新書)

2023年11月21日(火)隆盛を検める

哲学のノリ

哲学の精神が好きだなとは思っている。未開拓・未整理のところがあったらそれを剥き出しにして語れないか試してみるノリが好きだ。未開拓と未整理を新たな角度からいつでも見つけてこようとするいきおいもよい。極限まで「共通」のところを見出そうとするところも好きである。宇宙共通、世界共通、だけじゃなく、人類共通、歴史共通、社会共通、文化圏共通、さらには物理、心理、論理、倫理、美意識や価値観といった観点や知識を根っこにした共通性まで、通底させて背景にしてみせようとする意気は好ましい。

ごく自然に振る舞っているときにそういった地平に目を向けたくなりがちではあると思う。好きなのでなんかそうなる。しかしこういった哲学的な眼差しと、ビジネスマインドの"相性の悪さ"を感じることもある。距離感が異なるせいという認識だ。哲学とビジネスでは求められる丁寧さ、緻密さ、スピード感が異なるというか。振る舞いのノリにズレがある。ケースバイケースだがそういう場面が多い。あるいは現職の職場だとそういう状況が多かった。

チョコレートの成分を突き詰めて理解しなくても手土産としては持参できるし、電車の構造と交通の歴史を知らなくても通勤は可能だ。誰と誰がどこまで知っているかの情報量の濃淡、アンバランスに気づいたとしても、職場でうまくその合間をぬって動けているなら、毎度毎度是正している場合でもない(時間もない)。ある程度の「見通し」「問題のなさ」「納得感」があれば進めてよいときに、突き詰めたところまで求める精神性を発動させていたら、そりゃ齟齬も生まれる。

ただ、根幹・根源・根本を問いたがる哲学的観点と、社会を逸脱しない範囲の中で手際よく回そうとするビジネスマインドを、うまく合致させられる瞬間も、なくはないようだ。というか、綺麗に合致させる高度なスキルの持ち主がこの世にはときどきいると知った。難しいが、できるんだなとは思っている。限られた一定のペースで混ぜ合わせたときだけうまく混ざってくれるみたいな神業的「噛み合わせかた」スキルがあるんだという認識だ。そういう融合的なやりかたを指南してくれる言葉も見かけることはあって、とても好きである。

今の流行りと、人類に対するよさ

人類の根本的な「よさ」に立ち返って、ある状況を眺めたときに、そこにある"現代の偶発的な流行"が、そういう人類の根本的な「よさ」に対し、反している、逆効果である、悪循環になっている、むしろ有害だ、といった状態である可能性はもちろんある。ノリと勢いによる短期的でローカルな盛り上がりが、都合よく、人類によいものものばかりのはずもない。隆盛がプラスに働くかマイナスに働くかは運だろう。見方にもよるだろうが、ただの自傷のような盛り上がりだってときにはある。

哲学、批評、思想、それこそ学問や知性といったものが(それらを愛するひとたちが)その予兆や雰囲気を感じ取って、批難と糾弾を向けていたなら、やはりビジネスとの相性は悪くなるだろうなとは思った。批難や糾弾をしている暇があるなら、その"現代の偶発的な流行"を掌握し、手のひらで転がすようにして乗りこなしてみせる、という勢いが、ビジネスマインドの根幹にある印象だからだ。

ツッコミ対ツッコミ

丁寧かつ精緻に見すぎている暇なんてないだろ、というツッコミと、乱暴かつ粗雑に見ていたらピント合わんだろ、というツッコミのあいだの"戦い"があると思っている。永遠の課題っぽいが、さしあたり、個々のシチュエーションにおいてはコンテクストに合わせた最適解を探せばよいんだろう。もうちょっと丁寧・精緻に寄せていったほうがよいと感じるのは、人類の進化・発展が今後も期待はできそうだし、まだまだ途上だという感覚も強いので、「あんまりあせるのは基本的によくないよね」という経験則が適用できそうに思えるためかな。ビジネスないし資本主義はあせりすぎには見える。あせりすぎがほんとうに、問題か、欠点か、改善点か、というのはまた、疑問にはなってくるんだろうけど。

2023年11月20日(月)予防接種が遅すぎる

インフルエンザ

お子様にインフルエンザの診断が下された。予防接種(2回目)を受けた数日後だ。タイミングが悪かった。もう少し早めに受けていればより軽症で済んだかもしれない。無念である。とはいえ発症日の本日時点では思ったより元気そうにしている。これが継続するとよいなとは思う。終わってみればそれほどつらそうではなかったと言えることを期待している。なんとはなしの楽観だ。こういう楽観はたぶん裏切られたことが少ないんだろう。それくらいすぐに楽観によりかかる癖はある。そんな自覚がある。楽観からの成功体験が多いんじゃないかと想像してはいるが、実際の比率はむろん不明だ。いくら失敗したとしても最後にはよいところしか記憶に残らないみたいな生来の楽天家の可能性もなくはない。最近の日記では陰鬱な雰囲気が続いていたため、ぜんぜん楽天的じゃないじゃん、と言いたくなるところもあるのだけど、いずれこの陰鬱さはなりをひそめるのではと想定していたりもする。ふにゃふにゃと忘れていきそう。そういうふにゃふにゃした暖かで優しい灯火が結局は頭のどこかにひそんでいるのだ、くらいのことを考えている。しかし、まあ、なんにせよ、この最接近の空間からもたらされるインフルエンザウイルスから逃れられるものなんだろうか。無理そうだとは感じる。さくさく寝て免疫に期待するしかないのかな。寝ます。

2023年11月19日(日)日々を凝縮する

ぎゅっとした言葉

時間がない日だ。けれど日記は書きたい。濃縮したものが書けたらよいなとはときどき思う。必要最低限のことだけ選んで書くスキルも欲しい。ただ記憶のどこを残せばよいのか選ぶのは難しい。論理に沿っていけばよいわけでもない。けれど飛躍させたいわけでもない。話題転換のタイミングも難しい。新しい着想だって混ぜたくなるけど配分は微妙だ。否定文を置いて造形を調整したくもなるけれどたくさんは混ぜにくい。ここまでの流れだってダラダラだと感じるし。たとえばChatGPTでは文章の要約を頼むことができるのだけど、機械的に短くされた文章の姿を見たときに、味気なさ、貧相さ、憐れさ、などを感じることがあった。が、ああいうものこそが妥当な「残すべき骨組み」なのかもしれないなとも思う。つまんないくらいのシンプルな論旨のみの状態が、むしろ、誰にでも伝わる意味合いというものの具現化なんじゃなかろうか。新奇さや奇抜さばっかり手に取っておもしろがる癖があるので、逆にそんなふうに考えた。

2023年11月18日(土)本好きを始める

本好きの下剋上

『本好きの下剋上』を読み始めた。おもしろいよという話は無数に見聞きしていた。最終巻がついに出ます、完結します、という話も聞いて気になっていたタイミングではあった。とはいえ食指を伸ばすまでには時間がかかった。絶賛されすぎていると逆に遠ざけてしまうタイプの愚行が発動していたんだと思う。まったく好んでいないアクションなのだが残念ながら陥りがちだ(陥りがちだから嫌いなんだと思うが)。いずれにしても、ふと読み始めた結果、没頭しすぎて電車を乗り過ごしたため、おもしろくないとはまったく言えなくなった。むしろもっと早く読めばよかったやつである。アニメ版を少し見てはいたので続きとなる第二部から読み始めた形だ。というかアニメ版を半端に見てしまったためにどう乗っかればよいか迷って読むのが遅れたフシもなくはないな。

とにかく尻上がりにおもしろくなっていくとは聞いている。舞台が変わるたびに登場人物が増えていって、しかも過去キャラとして使い捨てられることもなく、ただただ楽しい人間関係の図柄が広がっていく、というような流れを(評判からも)想像している。たしかに軽く読んだ感じでもそのあたりの手腕が卓抜していそうではあった。「登場人物が増えていく」「出てこなくなる登場人物がおらず皆がずっと活き活きと登場する」「人間関係のつながりもどんどん拡がっていく」といった物語の構造は好きだ。楽しみにしている。

本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~第二部「神殿の巫女見習いI」 (TOブックスラノベ)

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