自己関連

▼▼自己愛、自己顕示欲、自己承認欲求、自己有用感、自己肯定感、自尊心、自意識。自意識過剰。自信。自信過剰。自己満足。といったあたりの「自分自身に対しての欲求と満足不満足」にまつわる気持ち、混同と混在と混線と混乱がヒドイな、と思い、並べつつ見比べてみていることが、時々ある。ぜんぶ少しずつ違っていて、しかも、等位や段階が異なっているはずのものまで気づかず混ぜこぜにしてしまっている雰囲気もあって──同じ俎上に乗せて思考してよいものかあやしいものまで、同時に、同列に、扱える空気で、見せつけてしまっているところがあって、ほんと、うまいこと言葉にしてくれたものだ、とは思いつつも、不便だ、迷惑だ、大変だ、と思ってしまったりもしている。
▼▼コントロールしようとか、満足してみせようとか、滅しようとか、していることも非常に多くある。幸せを望むとたいてい絡んでくるし。といった時に、手強さ、困難さ、なんか覚えてしまうことも多い。という手強さや困難さって、混同、混在、混線、混乱、から来ているんじゃないかなー、って思ったりもしている。位置、配置、構造、形状、が掴めていないせいで、見間違えているせいで、適切に操作できていない、という状況が多そうだな、と思うことがある。不満や混乱や陰鬱の、内訳や中身、が判らないせいで、うまく解体できない、ってことが多そうだな、と考えている。言葉を並び替えて、理解や認識や感覚を正確にしてみせることで、コントロールのうまさが変わってくるだろう、と、期待している。▼▼んだけど、乱立しすぎてて、ぐちゃぐちゃしすぎてて、並び替えとか流石に無謀かも、って思ったりもする。


▼▼言葉と言葉の接続関係、意味と意味の位置関係、目に見えたらよいのになあ、とも思うのだけど、視覚情報の優位性、視覚情報への依存度、というものを、言葉や意味との付き合いの中に持ち込んじゃってよいのかな、とも思ってはいる。