よさと正しさの関係(混乱中)

▼▼よしあしを問うた時に、常に、こっちのほうが「よい」、と判断されるものがあるならば、それは「正しい」と同等なのでは、と発想した。
▼▼ある限定的な空間内において、ここではこうすること、こうであることが、常に、よい、とされているんですよー、というような「業界内における了解事項」みたいなものがあるのであれば、それはつまり、正しさ、と言ってしまってよいのでは、というような発想だった。
▼▼ワルイ、と評される可能性を持たない「よさ」は、つまり「正しさ」である、というような言語化かな。
▼▼「絶対的によい」ものは「正しさ」だ、ってふうにも言語化できそう。
▼▼とはいえ、「絶対的な、正しさ」っていう言葉も存在している気がするんだけど、そことはどう関係させる気?

(間)

▼▼うまく整理できてないけど、連想として思ったところというか、なんていうか。

▼▼0か1か、っていう極端な世界を示す「デジタル」って言葉がひとつあって、一個一個を切り取ることができないのでうまく数値化できない、みたいな世界を指し示す「アナログ」って言葉があって、さらに、アナログ的なものをギリギリまで捕捉してみせようとした、細分化の極みみたいな、網目の細やかな「デジタル」って言葉が、ある。あると思う。デジタルって言葉で思い浮かべる感覚が二つあると思う。

▼▼一個目の「二極のデジタル」と、
▼▼三個目の「アナログにギリギリまで漸近したデジタル」の、
▼▼混同というか、使い分けが、うまくできないと駄目そうだ、というようなことを、関連して思ったりした。

(間)

▼▼二つの発想が同時に頭に浮かんで、なんとなく繋がりがあるように思うのだけど、関連性をうまく言葉にできない、というようなことは、けっこうあって、まあ、書いたり書かなかったりしている。▼▼読み手が補完できるだろう、誰かの頭が動くだろう、と想像したら、公開している気はする。

(間)

▼▼よい、っていう測定と、正しい、っていう測定のあいだを繋ぐ、理解のしかたというか、変換ソフトの機構というか、関係性を、知りたがっているのは、昔からある。いまいちよく判らないんだよなー。▼▼よい、とか、正しい、とか、ひとくくりの言葉として認識しようとしても、内実としては異なっている場面があるせいで、うまく配置できない(思いついている具体例によって、結局はみ出たり、変に足らなかったりする)、という印象もあるけれど。