うろうろと、すでに足踏みしているような日記

▼▼一言残せる切り口のような着想程度は思いつけているけど、納得できるだけの文章を呼び覚ますことができていない断片のような言葉は、日々、沢山残りつつあるので、箇条書きにして残しておく日記なんかも、時々は書いてみてもよいかもなー。
▼▼なんて思いつきを、日記のようなものを書き始めて十年ほどが経っても、軽く迷いながら、相変わらず、抱いてしまって、検討してる時があるなあ、って思った。気づいた。
▼▼趣味じゃないぞ美意識に反するぜ、なんてふうなことを思いながら──やらないでよかろう、って引っ張っていってくれる自意識に心の耳を寄せながら──若干浅めの納得を抱きながら、日々は着実に過ぎていき──、ある日ある時不意に突然なんとなく、こういう普通のこともやっとけばよいのかなあ……、なんてことを思い始めてしまうような、不安を抱き始めてしまうような、心境の変化や気分の変化、じぶんのこだわりに対して急に疑問が湧いたり、時々気にしちゃってることが突然面倒になったり、逆に、誰かの言葉に惹かれていきなり興味が湧いたり、等々の変質が起こって、じぶんの行動の指針に対する迷いが蠢き始めちゃうようなことが、数年経とうが数十年経とうが、やはりありそう、というようなことを思ったのだった。
▼▼初期段階に迷うような基本的なことを、中堅段階や老練段階になってから──意識の指針が固まってきた頃に、改めてまた迷い始めるようなことは、まあありそうだし、別に迷っていいんじゃないスかねー、って思ったのだった。▼▼もしくは。▼▼なんか迷い始めてしまうことの正当化を図りたくなって、正当化できるかを検討するとともに、耳障りのよい言葉も置いておきたくなった、とも言える。
▼▼連想したけど、習熟してくほど基礎の大切さを痛感するねえ、って話とは別かな。
▼▼初心者は妙に迷っちゃうところだけど、習熟し老練してきた人間なら、こんなの別に気にならなくなるもんさ……、全体像が見えてくると重心が見えてくると時間配分がこなせるようになってくると、ぜんぜん重要じゃないってことがわかってくるし、時間かけてられないってことがわかってくるからね……、なんて言われうる「半可通が持つ疑問」らしきものが、諸々の分野の中にいくつも潜んでいるんだろう、と思うのだけど、習熟し老練してきたようなタイミングで、突然、急に、当該の問題にまつわる初歩的な相談を持ちかけられてうまく答えられないじぶんに気づいてしまったり、状況の変化や好不調の変化の流れで該当の問題を絡める形で気になるところが出てきてしまったり、該当の問題を最初の頃からずっとスルーしてきてしまったなあってことにふと気づいて改めて気になり始めてしまったり、して、改めて向き合ってしまった時、いまさら初心者が気にするような問題を気にし始めてる……、検討してちゃってる……、なんてふうに思い始めて、じぶんが気にしちゃってる事実、や、改めて判断しようとしている姿勢、などについて、変に気に病んだり変に小馬鹿にしたり困惑したり混乱したりすることは、というか、貶めることは、ないんだろう、というようなことを思ったのだった。
▼▼いつだって迷いながら生きていく、って言いまわしがこのあたり回収しちゃいそうな匂いあるなあ。けど、回収したい話ではないか。別に迷い肯定じゃないのだった。
▼▼根源的指針として迷い肯定ではある。▼▼が、今思ってるのは、若輩時に吹っ切ったはずの迷いが再浮上してきた時に、あまりいじめないであげて欲しいというか、簡単に否定しないであげて欲しいというか、けどまあ、大切にしよう、保護してあげよう、っていう話でもなく、なんかこう、うまく対応する策はないですかねえ、重くもなく軽くもなく丁寧に耳を貸してあげて華麗に立ち回れるような切り口はないですかねえ、なんていうようなことなのだった。▼▼無茶振り感はあるな。▼▼いつものことだが……。
▼▼分野の中で慣れていくと基本的には「強く」なるんじゃないかなって思う。同じ場所に毎日通ってると、なんていうか、強気な顔ができるようになる、と思うのだ。気持ちが強靱さを得る。あるいは、図太くなるし不貞不貞しくなる。鈍感になるも含むだろう。最初の頃はおどおどした表情はなくなっていく。
▼▼けど、でも、なんか、突然不意に気分が落ちて、いきなりまた、おどおどした精神に陥っちゃうことなんかもあるよねえ、と経験的には思うのだよなー。▼▼憂鬱さの原因はほかのところにあったりもするにせよ、突然気分が落ち、急に弱気になって、慣れることができて強く鈍くなったからこそ気にしないでいられるようになっていた最初の頃のおどおどした迷い、が、戻ってくることがあるな、って思うのだった。たまに経験する。という地点で、いまさらここ迷うかー、なんてことを思ってても、あまり益がなさそうだ、と思えた話かな。▼▼熟練者になってから初心者のようなことに迷い始めてる姿を人様に見せたくないと思ってしまう見栄の話も混じってる気がしてきた。
▼▼別面の説明も思いつけたので言いかえる。
▼▼同じところでうろうろ迷って足踏みしてるなら動けよ、って助言が世にはあって、この助言の適用や運用に関しては、まあ、妥当な局面もあれば不適切な指摘もあるだろうと思っているけれど、いずれにせよ、足踏みしちゃう原因になるだけの苦手さ、なりを、苦心もし試行錯誤もしつつ越えることができ、越えた環境にも慣れてきて、もう「うろうろ同じところで足踏みせずにいられるようになった人」ってのはいるだろうし、この人が突然、迷いを抱き始めてしまって──苦手意識を取り戻してしまって、初期の頃のように足踏みし始めちゃう状況だって、ありうるだろう、って思う。▼▼で、こういう人物が、最近は足踏みすることなく強気な顔で動けてたじぶん、を基準にして、迷ってうろうろ足踏みしている今のじぶん、を批難しちゃうなら、マズそうだ、って思ったのだった。
▼▼駄目なじぶんも受け容れよう、って話、ではないかなー。けどそれでいいような気もしてる。不安定に陥ったじぶんに対処する話ではある気がする。