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通説や一般論を基底にしすぎるのも

▼▼通説や一般論にはよく遭遇する(だから通説だし一般論なのだろう)のだけど、遭遇した時に、隙にも気づくので(隙があるからこそ、比較的沢山の人に受け容れられやすくなっているのだし、結果として、通説や一般論になれているのだと思うが)、その隙を埋めるように試行錯誤を重ねたりもする。という穴埋め作業によって、理解が深まり、見通しがよくなっていったりもする。だから、通説や一般論を基底に物事を考えていくのはよいことだぜ、とか、通説や一般論を相手取って文章を書くと書きやすいぞ、なんてふうに思ってしまっているところがあるのだけど、通説や一般論が隙だらけなのは、やっぱり当然で――当然なので、欠落や欠損があることが前提のものばかり相手にしてても駄目なんじゃない? いやでも訓練くらいにはなるか……、しかし訓練でしかないみたいなことが言えるのでは……、というようなことを、ふと、思ったりもしたのだった。