好きな言葉はいずこからも

▼▼アニメ版『エロマンガ先生』で、売れ筋作家である千寿ムラマサさんが中堅以下くらいの雰囲気である和泉マサムネが書いている作品達を、じぶんにとって大切な唯一の小説だ、と言うところを、印象的だな、と思っていたのだけど、同時に、確かに、プロの作品であることや、沢山の人にウケている作品であることが、ほんとうに好きな作品、ほんとうに大切な言葉、に直結してくれるわけじゃないんだよなー、ということも、改めて思った(無論、プロの作品、大人気の作品、が、じぶんにも衝撃を与えてくれることだってあるけれど)。
▼▼いくつかその著作を読んでみて、なかなか面白い、いやや面白いねえ、っていうくらいの気持ちを抱いている作家の書いた言葉よりも、普段から好き好きーとか思いながら読ませてもらっている、ブログ、日記、などの言葉のほうが、余程、心に刺さっている、とは言えるところがある。人生的に大切な言葉なんかに出会っていると思う。
▼▼有名作家の作品と友達との雑談や相談や議論、を比較して、運よく後者におおきく刺激を受けることのできた情景を思い浮かべているだけ、って気もするし、親近感や、小説/随筆/日記、といった言葉の種類の違い、毎日インターネットを開いて読む、という媒体や行動の違い、じぶんも日記を書いているということによる能動性や技量にまつわる意識の違い、等々が絡んでいるのは間違いなく、だから、細かく構造を整理すると、プロとか人気とかいうことは関係ないんじゃないの? そんなところで線引きしてても駄目なんじゃない? という気もしてきたりはするのだけど、あと、あなたがプロや人気というものに単に権威を覚えてしまっている、というだけの話なのでは? って気も、したはしたのだけれど、とにかく、まあ、フラットな気持ち──素直な気持ちで、つまり、プロとか人気とかを取り除いて言葉に対する好きさだけを頭の中に置きながら、購読しているブログや日記に対して、好きだ、と思っているところがある、ということを、書いたり、伝えたり、してみたくなった──伝えておくとよいのではないかと思えるところがあった、というようなことなのではあった。▼▼というような、好きさの背景や構造の説明をしておくことで、無用な(邪魔な)重みや違和を出さずに、好き、って言えるんじゃない? とは、思っているところがある。誤魔化しているとも思う。そんな感じ、そんな雰囲気だけど、まあよいっしょ、とも思っているのだった。