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好きな本の話を聞くのが好き

▼▼日記を読んで「好きだ」と思った時に、この人の知性が好きだ、と思いがちだ。日記の向こうに知性という概念を見ている。次点で「人格が好きだ」と思いがちかな。日記にまつわる諸々を前述のような優先順位で見ている。
▼▼で、好きな日記書きの「好きな書物」の話が非常に好きで、あなたの好きな書物を羅列してくださいよー、しれくれたら嬉しいよー、とは思いがち、あるいは、実際に、羅列してもらっていたら、貪るように読みがち。▼▼つまり、知性を書物が支えている、という感覚が強いのだよなー。そういう経験則および信仰がある。
▼▼つーても、書物が知性を支える、というところ、だいぶ不透明で、判っていない気もしているのだよなー。どういう繋がりか判ってないじゃん、見通せてないじゃん、なんて思ったりもする。ほんとうにそうか? と疑ってみる瞬間は多いし、そうじゃないところだって当然あるよなー(書物と知性の繋がりが「支える」という判りやすい一つに還元し続けられるわけじゃないよなー)、と思ったりもする。知性、っていう概念が幅広すぎるせいだろ……、というツッコミも思うし、書物が知性に与える影響ってどれのこと? うーん、これかな? あ、そうか、あれか、うんうん、みたいなことを考えていることもまあ多い。判らん、というのがけっこう強くあるのだ。人は当然、書物以外からも学べるからねえ、なんて言いながら、いやしかし書籍以外からはだいぶ学びにくい(いやまあ不可能ではないかと思うけど)ものもあるのでは、と疑ったりもしていて、わりと、うろうろしている。知性好きと書物好きの噛み合わせについては迷いながら歩いている。
▼▼好きな本の話を聞かせてもらうの好き、って言いたかっただけなところはある。