スピーチと失敗耐性

▼▼結婚式でスピーチを行なった。初体験だ。緊張で思った以上に早口になっていたと思う。スピーチ中に数回は「速すぎる」と気づいて、改善を試みたのに、落ち着かせることが──言葉や口を押し止めることが、できなかった。改善せねば、という意識が、次の瞬間には消えていた。
▼▼経験的によく見る光景だ、とは思う。比較的沢山経験してきている。だから、事前に想定できたし、想定し心構えもしていた。──にも関わらず、結局は、緊張の奔流に押し流され、同じミスを繰り返してしまった。という結果については若干凹んでいる。
▼▼とはいえ、失敗してしまったー、ってことについては、暗澹たる気持ちなんかはぜんぜん残ってなくて、あっけらかんとしている──できている。改めて見直してみると、普段から、失敗に関してはあまり悔やまないほうかも、とも思ったりした。失敗耐性はある気がする。失敗を後悔してあとあと唸るようなことってほとんどない印象だ。
▼▼っていうような話を酒の肴にしながら人と話していた時、相手の人から「じぶんがスピーチやプレゼンをする時って、あんまりそういう雰囲気になったことないかもなー、別に「緊張しない」ってことじゃあないんだけど、実際そういう場に出ちゃうと、なんかこう、むしろ開き直れちゃうというか、慌てた状態にはならなかったりするんだよねー」という類例を聞いたりもした。
▼▼と同時に、けど逆に、失敗は滅茶苦茶後を引いちゃうかなあ……、落ち込んで眠れなくなったりもするし……、という話も同じ人から聞いて、こういうのはつまり「耐性が異なる」って形状で認識してよかったりするのか? って考えてみたりした。
▼▼恥ずかしかったことを、あとで思い返して、ばたばたする、っていうのも、じぶんの場合は、あんまりない。ここの耐性も、緊張耐性とか失敗耐性とかとは、別枠?
▼▼いや──
▼▼その場、この瞬間、現在進行形の「人の目」に対する耐性、と、あの時、かつて、すでに終わった「人の目」に対する耐性、と、切り分けするのがスマートかな?
▼▼スマートな切り分けが妥当、正確、ってことでもなかろうけど、気持ちはよい。