思考の三歩目までを守破離で説明したがるけど、ちょっと違う気もする(そこまで言葉に出来てない)

▼▼普遍的な悩みみたいなのに対する常識や通説、って(おそらく前向き補整が強すぎるせいで)手抜かりや見過ごしが多くて、実際の運用時に破綻しやすくなったりもする。だからまあまあ考えて動くようになると、逆側を攻める──逆説で戦う──あえて/だからこそを武器にする、ことにもなりがちである、って思うのだけど、常識や通説が推奨するぜんぶがぜんぶ間違いってことも当然なく、逆らって動いてみるばかりでもやっぱり破綻はあって、結局、メインとカウンターのよいとこ取りが決め手だろう、なんて思うことになったりもする。前向きも後ろ向きも見回せるようになって全容を把握してから世の中やじぶんに合わせて再調整してしまえ──設計し直して再構築してしまえ、と言える。
▼▼と説明可能なような「頭の使いかたの最初の三歩目まで」があると思っていて、一歩目二歩目はともかく三歩目からが複雑で、手間暇かかるようになるんだよねー、でもまあ手間暇かける必要があるほど大切な複雑化のようだー、と思ったりしている。あと、四歩目以降のことも時々は考えているのだけど、四歩目以降の切り口は、ほんと難しい。より複雑になるというか、更に「ぜんぜん別な領域」の要素が混じってくる印象である。
▼▼ぜんぜん別の領域は、なんていうか「気にしなさ」「すべてを受け容れる」「人の生に唯一の解などないので君の好きを貫け」「身体性」あたりの、解脱、および、逃れられぬもの、の、混ぜ合わせかた的な雰囲気が垣間見えてる。強敵に思えている。
▼▼類似の話を数年前にも書いた記憶があって、思ったより思考進んでないね、と読み直してて思った。▼▼四歩目以降の進みかたについて、と、二歩目三歩目の段階で別のほうに向けて踏み出してみるやりかたもありそうじゃない?について、最近ぼんやり浮かばせられるものもある気はしてるのだけど──記述を始めてみたら流れでもうちょっと言葉が出てくるかなと期待してみたのだけど、まあまあ駄目だった。思ったより厳しかった。せめてマイルストーンとしてここでも言葉は残してみる。