シブいよさが判ってなかった、に関する学習の二種類(混同)

▼▼渋さや地味さが素敵だ、なんて今は思えるようになっていて、けれど昔は、ぜんぜん素敵であることが判らなかった──最近少し判るようになってきたかも、なんて言えるような状況や心理について、整理していた。
▼▼特徴的なところもなくて地味でツマラナイ、なんて思ってたことに対する違う角度や違う背景を知って──切り口が変わり認識機構も変質し、輝いて見えてきた──以前は駄目とかマイナスだと思ってたものが実はプラスだった、っていうのと──。
▼▼眼差しの肌理が粗くて、表面的なこと、類型的なこと、世間一般で言われてるような姿、しか見えてなくて、対象の、内側や裏側や細部にある、造形や構成、演出など、における、素晴らしさ、が、理解できてなかったけど、理解できてきた──解像度的や深度的に見えてないところがあったけど見えるようになってきた、っていうのと──。
▼▼前述した二つの問題の、混同が、変な混乱を招いてる時があるな……。
▼▼って思えてきた。
▼▼以前は見ることのできていなかった視座や視点を、新たに獲得できて、まあ今後は注意せねば、って反省した時に、二つのうちどちらとして問題意識化しているか、っていうところで、誤認混じりに反省を構築しちゃってることがありそう、と思ったのだった。
▼▼学習時の結合ミスで、結局、より混乱しちゃってる、みたいなことが起こってそう。
▼▼と、整理気味に書いてみたけど、明らかに混乱がまだまだあるな……。同時進行というか、問題が繋がる事例もありそうで、尚更困る。見極めに使うサンプルをもうちょっと集めたほうがよいかと思う。▼▼いやまあ実際のところ、同じ問題で、違う気がする、と思っている現状の雰囲気こそが、勘違いなのかもしれないけれど……。
▼▼ツマラナイな、って思って味わってたものが、味覚が変わってきたせいか、最近は楽しさとして味わえるようになってきたぞ、というのと──。
▼▼遠目で見てツマラナイとか思ってたけど視野視座視点が変わってきて、楽しさが内側にあることを、気づけるようになってきたぞ、っていうの──。
▼▼に、切り分けられる、かな……。
▼▼様々な背景やコンテクストを知ったことで嫌いだったものを好きだと解釈し直せる変換術を獲得! 丁寧に見る技術を知ったことで嫌いだったものの中に好きなものがあることを認識できる眼差しを獲得! というのも思った。
▼▼解釈の段階、と、知覚の段階、で切り分けたがっている、っぽいかなー。