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唯一解のような正しいやりかたはない(のだろうけど)

思考記 雑談記

・消極的と積極的
・内向的と外向的
・規則遵守と臨機応変
・懲罰的と甘やかし的
・許容的と修正的
・遠慮と素直/謙虚と傲慢
・統一的と破綻的
・悪意前提と善意前提

▼▼以上などを(例)として。

▼▼人生における壁や障害のようなものにぶち当たったり乗り越えられなくなったりした時などに、困ったり、迷ったり、竦んだりして、どちらがよいのだろう──どちらが正しいのだろう──どうしておけば問題なくて間違いないのだろう、なんてふうに脳を使い始めてしまい、いやいやいやいや、こういうのってそういう問題じゃないから……、と、じぶんの頭にツッコんでしまうことがあるのだけど──毎回ちゃんと考えろよー、前に一回出したような答えに安住したり依存したりするのはやめときなさいよー、やりかたAとやりかたBの両極のどちらかが「正解である!」みたいな思考停止もやめてよー(比率の問題、および、平衡の問題、同時進行とか切り替えの問題、とかとかで捉えられないと、こういうのは駄目……)、と、思考をし直してみることがあるのだけど──
▼▼しかし、基本的にはどちらを選んでいるか、っていうのもやっぱりあるのだよな、ということを、改めて思ったりした。


▼▼「基本的には」どちらのほうがよいと思っているか。
▼▼「基本的には」(すでに)どちらを選んでしまっているか。


▼▼世界観や思想の、下地、枠組み、隠し味、になっているような、自然体での眼差し。


▼▼正解なんてないんだ、毎回考えるんだ、どの「決定」もぜんぜん正解じゃないし、だから、どれも「じぶんのではない」のだ……! なんていうようなツッコミを、ただただ続けてしまっていると、じぶんの中の、前述したような自然体の眼差しを──世界観や思想の根底にしているようなものたちを、見逃してしまいそうというか、見失ってしまいそうというか、見誤ってしまいそうというか、無意識に、押し潰してしまう、ような瞬間がありそうで、あー、それ、駄目かもー、と、見つめ直してみたのだった。