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思考の異業種交流

▼▼一つの便利な物事がすぐさま全世界に普及するわけではなく(そもそも「すぐに」どころか障壁や停滞によってまったく拡がっていかないことだってあって)、結局、非常に効率的で効果的な物事が、狭い範囲の中──ある業界内や組織内、でのみ、採用され、運用されているだけで、ほかの場所では、時代遅れとも言える物体や事例が、まだまだ活躍していたりすることがある。▼▼なので、ある業態の中では当然のことが、ほかの業態に侵入することがあれば、極めて斬新で、挙動をおおきく変えてくれたりする。まったく別の価値を産んでくれることさえあるだろうと思える。
▼▼インディーズのボードゲームを製作するプロセスの話で、ある部品が高価で、使いづらく、ゆえに、別の形態を検討していたりもしたのだけど、ぜんぜん別の業態の中でほぼ同じものが異なる用途に(沢山)使われていることを偶然知って、量産されているがゆえに安かったので、結果として、なんとか完成させることができましたー、この価格が実現できましたー、というような話を聞くこともあって、このあたりも同じ話だろう、なんて思ったりもしている。▼▼あとは、ぜんぜん別の業態(音楽業界や広告業界)からやってきた人物の発案したテレビゲームが、大変新しい切り口を持ったものであり、非常に面白かった、という事例なんかも経験があって、このあたりにも類似を見ている。


▼▼いずれにしても、前述したような情景が、好きと言えば好きで(素敵な案件が発見され次第、世界中に普及すればよいのに、とも思わなくはない)、思考面についても同じようなことを思っているところがある、のだった。効率的で効果的な思考型が、すべての環境に普及させられているとは限らず、狭い範囲内に停滞させてしまっていることだってありえて、だから、ある場面の時にはごくごく自然に使えている思考型を、ほかの場面に敷衍できたら、便利だったりすることもあるのでは? 効果的、効率的なのでは? 素敵なのでは? って考えているのが、好きだ。