繊細版と粗雑版(行為)

▼▼丁寧に下ごしらえして、素材の選定、隠し味や薬味、出す順番や皿の配置にまで配慮したような「行為X」繊細版、なら、素敵な結果に繋がりやすい、ようだから、素直によい──推奨、と言える、けど、がさつと粗忽とサボりの申し子的に行なわれた軽挙妄動気味な「行為X」粗雑版は、見目も醜く、効率も酷く、経験則から言っても録でもない結果ばかり残してきてしまってるようなので、撤廃にも糾弾にも特に異論ありません、っていうような、同行為の別版、を見ることがある。あるな、と思った。
▼▼諺で言うなら「毒にも薬にもなる」だろう。▼▼って思いついたのだけど、改めて検索してみたら、諺にあったのは「毒にも薬にもならぬ」であり、肯定版は無く、当初じぶんが認識していたところに該当するのは「薬も過ぎれば毒となる」であることが判った。
▼▼準備や調整──扱いかた次第で「行為のよしあし」は変わるのだー、なんて言ってみせるなら、無論、ぜんぶの行為に向かって同じことが言えるのだろうけど、でもまあ、劇薬、と言えるような極端な効能を見せる「行為」だって、様々な「行為」の中には、当然あるんだろう。▼▼扱いかた次第で効果が派手に変わっちゃう、っていうことを強調しておくべき、特殊かつ難解な行為、があるんだと思った。
▼▼なんてふうな状況の中で──。▼▼行為X「粗雑版」が、世の中で糾弾されがちだと知っている──あるいは、世の中で、実施時の解像度によっては糾弾されがちであると一人合点している、というような時──。
▼▼想定される「粗雑版に対する糾弾」を、喰らうことなく説明を進められるような、隙のない語り口で──うまいこと躱したり避けたり綺麗に受け流したりができるような、手際のよい言葉使いで──つまり、今は「繊細版」の話をしてるのであって「粗雑版」が見せるような脇の甘さはないよ、っていう説明文をわざわざ書き加えるような言葉の配置を駆使して、行為Xはなかなかよいね、なんて語ってることが、多くて──結果として、若干言い訳がましい書きかたをしちゃってることも、多くて、なんかなー、けどしかし、下準備の違いなどの説明を省略しちゃって、対象となる行為の粗雑版から繊細版までぜんぶを相手取りながら、よい、好き、素敵、って言い切ってみせちゃうのは、なんかこうやっぱり、じぶんが求めているものじゃあないしなー、とかなんとか思ったりもして、というあたりでしばらく立ち止まって、考えごとをしていた。
▼▼素敵さも駄目さも持っていて、しかしうまく扱えば素敵さを活かせるような物事に対し、素敵さも駄目さも混ざってるけど使いかた次第ですよー、っていう選別の説明をすっかり抜きにして、素敵だ! って一言で言ってみせることが、好きじゃないぞ……、というようなことを、なんとなく思っている、思ってるなあ、ってことを考えていた。
▼▼というか、前述のような細かい説明を、無視し、軽視し、省略して、安直に断言してしまう精神、っていうのが、じぶんが好んでいない思想の一つ、視線のありかた、としてあるかな、っていうようなことを改めて考えていた。▼▼好きじゃない動きをする人などがわりとよくやってる匂いを感じる、なんて言えた。