学問的知見を知っとくに越したことがない世界像

▼▼持ってる世界の情報によって世界像は形作られてて、おのおのの世界像に従って、予想や目的や指針や不満が変わる。認識中の世界の挙動で気持ちの持っていきかたがわりと変わる。▼▼のだから、人類の知的活動やら学問やらが与えてくれるもの、読書によって得られるもの、などの大切さ、あたりの話題って、言うまでもないのではないか、ってふうな世界像がじぶんの中にはあるなあ。
▼▼世界について諸々知っておくに越したことはなく、知っとくに越したことのない情報の中での、学問的知見が寄与してくれるものの素敵さ、なんてことを思っている。というか、学問などをこのあたりに位置づけて、あるいは、世界に関してこういうふうに位置づけられるものがあるということを思って、世界を見てると、落ち着く、というようなことがあるのかな。知性で世界をどうこうできそうに思えて気楽になれる、あたりか。
▼▼因果関係が逆じゃないかな……? っていう思考型を使って「思いつき」を検算する場面って多いし、確かめてみて、あ、逆かも、ってなることも多いのだけど、所持してる世界情報によって世界像が脳内に構築されてて、脳内世界像に従って、世界に対する期待や失望が変わる、っていう流れって、因果の認識、逆じゃないよね? 逆じゃないような気がした。というか、逆転させた流れをうまく想像できなかった。