うまくわからないのでわかるところからのさべつ

▼▼差別と言われがちな行為や言説、の内側にある「仕組み」は、「人間以外」に事物に対しては「普段から自然に働かせている」のだけれど、人間に対して発動する場合は、可能な限り、抑制しよう──迷惑をかけないようにしよう──上限や下限を決めよう、というような理解でよいのかなー、って整理した。
▼▼区切って──線引きして、種類を見分け、種類ごと特性ごとに使いかたを変える、というような人間の挙動がある中で、誰かが都合よく利用する事態、とか、誰かが迷惑だと思う事態、が発生したら、差別、と言えてしまう雰囲気なのかな……。でもって、全人類がなんの異論もなく「よし」とするようなものなんてないので、たいていのものは、差別的行為として、存在しうる、という印象。
▼▼前提としては、種類分けすることも、ある事柄に関してじぶんに都合がよいところを活かすことも、迷惑だと思う誰かがおそらくおおむねいることも、人類の基本的で根源的な挙動、という気はしている、のだった。このあたりは廃止できなそう。