インプローカンパニーplatform(プラフォ)の『正義のみかた。』観劇してきた

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 インプロと呼ばれる演劇形式がある。即興を主体にした演劇のことだ。瞬間瞬間の役者の発想の噛み合わせによって物語が紡がれていく。またあるいは、観劇者の発想まで織り交ぜながら物語を拡げていく。台本は基本的に無し、とされているようだけど、完全に即興で行なう演劇だけではなく、おおまかな骨組みや枠組みを事前に取り決めておくタイプのインプロもあるようだ。そういったものは「コンセプトインプロ」と呼ばれる。コンセプトインプロでは、世界設定や世界観、シーンの指向および結末の見せかた、などが準備される(のだと思う)。


 コンセプトインプロの舞台である『正義のみかた。』を、今日は、観劇してきた。
 即興役者と台本役者の化学反応を謳う「platform」(通称プラフォ)というインプロ団体の舞台だ。もともとは「UDATSUわくわくドイツゲーム実況プレイ(通称うだわく)」という動画から、この団体のことを(そしてインプロのことを)知って、そこから、これは面白そうだ、と興味を持った。もともと舞台演劇は好んでいるところもあるので、その趣味がより拡がった、とも言える。嗜好の面積が増した。
『正義のみかた。』は「platform」の第八回公演である。戦隊物、というものが話の軸に挙げられていた。いわゆる戦隊物には忍者とか恐竜とか天使とか刑事とかの各種カラーがあるものだけど、この舞台ではそのあたりが、観覧者から戴いた言葉によって、即興で決定される。問いとしては「憧れの職業は?」であり、じぶんが見た時の答えは「プロ野球選手」であった。結果として、野球戦隊ホームランマンと敵役ブラックシンパンの戦いが演じられた。


 結論から言うと、ほんとうにおもしろかった。余韻で今も胸が躍っている。じぶんの趣味嗜好からして、大好きなのは間違いないだろう、と想像していたわけだけど、ほんとうに、心から、楽しめた。思考や発想の瞬発力、というものが好きなせいだろう。そこに関してものすごく響いたと言える。台本演劇で「楽しい!」ってなっている時とは感覚が少し違うかなあ、じぶんは何処が好きなんだろう、ということを交えながら、考えていた。


 役者の各位が、場面に追われて――必要に迫られて、言葉を発する。発想を見せる、というその瞬間に、身体性というか習慣性というか、生活、性格、好き嫌い、雑な言いかたをするなら、おのおのの「個性」、というか、まあそういった、ある個人についての特殊性、そして「馴染んでいるもの」「馴染まないもの」が、垣間見える。窺える。
 そして、各自の中にある「馴染んでいる」(時として、自覚すらないような)言葉や発想が、不意に――咄嗟に、出てきて、しかもそれが、舞台上に、拡がっていく。染み渡っていく。さらには、ほかの役者の元まで届いていく。響いていく。という時に今度は、反発が起きたり、抵抗が起きたり、あるいは、すんなり受け容れられたりもする。その時の様も、思考のレールに乗せることで納得されたり、誤解とでも言うような別の実感の中に取り入れられたり、あるいはそのまま拒否を続けられたり、で、様々だ。
 というような、言葉の有り様、思考の拡がりかた、馴染むものと馴染まないものが組み合わさって行く姿、同調と異質がぐるぐる混じっていく情景、というのが、とにかく新鮮で、しかも好きで、非常に面白かったのである、なんて言えるような気がした。


 即興の発想の噛み合わせの妙(妙に適合するのが楽しかったり、あるいは、矛盾や噛み合わせの悪さが楽しかったり、無理矢理繋げていくのが楽しかったり)というのも、無論あった。大変よく笑った。
 主演(山吹黄太郎/イエロー)である、らいふ、こと、斉藤慎介さんの位置づけ、というか雰囲気も、とてもよかった。『正義のみかた。』におけるコンセプトにおいて、斉藤慎介さんが出していた雰囲気は、ほんとうに大切なものだったと思う。野球戦隊ホームランマンが、ほかの回と比較して綺麗な終わりを迎えたものかどうかは判らないわけだけど(ほかの回も観てみたい、と思ったけど、時間が合わせられなくて、駄目だったのだ。次回公演時は考慮して動きたい)、でもって、まあ、様々な要素によってはもっと華麗な終幕を迎える回もあるんじゃないかなーと想像したところもあるのだけど、それでも、主役であるイエローの黄太郎が出した結論は、決意は、苦悩の色が濃くて素敵だったし、最後には輝いて見えた。らいふだからこそだ、と思いました。
 あと、降板された安見謙一郎(あみくん)さん、今回は舞台に出られないと思っていたので(うだわくから入ったこともあり、一回、観たいと思っていたので)、いくらか演じられている姿を観ることができて、嬉しかったです。
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