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同じ俎上に乗せられるか微妙な分類項目たくさん

思考記

▼▼物語の分類、って、けっこうわちゃわちゃしている。ラブストーリー、コメディ、アクション、ヒューマンドラマ、サイエンスフィクション、西部劇、戦争、といった映画の篩い分けられかたを眺めながら、頭をひねったりしていることもある。悶々と考えているのは好きだ。▼▼認識に引っ掛かった──心惹かれた「特徴」ばかり挙げてみせて、分類しても、まあ駄目ってことなのだよな、けどしちゃうよなあ、なんて思ったりもする。

▼▼学問なんかもそうかな。
▼▼統計学、社会学、物理学、歴史学、考古学、民俗学、心理学、言語学、経済学、経営学、天文学、生物学、医学、数学、文学、哲学、美学、神学、といった学問名。
▼▼上位概念/下位概念でいくらか整理はできるにせよ、名づけかたというか、領域、領域の範囲、領域を選ぶ基準、といったものはバラバラだと思う。

▼▼ロールプレイングゲーム、シミュレーション、ストラテジー、アクション、シューティング、対戦格闘、スポーツ、音ゲー、パズル、アドベンチャー、サウンドノベル、ビジュアルノベル。
▼▼といったコンピュータゲームに関する分類項目が、昔からわりと気になっていた。うーん、えー、と思うことが多かった。ためつすがめつしてみるのも楽しかった。

▼▼こういった、実は同じ平面に並べるのはちょっとオカシイのでは……? 整理整頓が丁寧になされていないと言えてしまうのでは……? というところが、気になるし、気にしているのがわりと楽しいし、気にしている人が好きとも言えるし、気にしていることが判る文章が好きだとも言える。
▼▼相手が、分類軸、評価軸、判断軸、に目をやりながら話しているかどうか、気づける気がしている。もしくは、文章ににじませることが可能だろうと思っている。無論、にじんでくることがあるとも思っている。▼▼なんか好きだ、と思っている文章に対してはそういう雰囲気を感じている気がするし、あんまり好きじゃないぞ……、と思った時に、このあたりに対する無自覚を感じていることがある気がする。



▼▼まあどちらかと言えば、好きじゃない文章がなぜ好きじゃないのか、というか、書き殴られたようなノリと勢いだけの文章みたいなものに対する、不快? 好きじゃなさ? みたいなものが、どこから発生しているのか、というようなものについて、考えながら書いた。
▼▼「書き殴られた文章」「ノリによって書かれた文章」「勢いだけの文章」そして「じぶんの軸に目をやりながら書かれた文章」といった分類項目(を同一平面上に並べること)が、すでに、ぜんぜん、おかしな話、というのはあって、ほんとうは、前述のような書きかたも、駄目、というか「オカシイ」と思ってよい状況ではあるのだけど。
▼▼直接的な因果関係はないにせよ間接的な因果関係はある、統計的に有意、と言えるような「事柄」を項目として並置させるのは、さほどおかしくない──とまでは言わないにせよ、許容できる場合がありそう、な気はする。▼▼必要十分条件、対偶、あたりの話も絡めて考えられそうかなあ。どこにイコールを、ニアリーイコールを、入れられるか、ということを意識したい、意識するのが楽しい、という話でもあるかな……。