二分法脱却

▼▼二分法的な認識の下で「どちらが大切なのだろうか」というふうに試行錯誤を重ねることで、むしろ二文法的な問題認識から抜け出せる瞬間がやってくる──なんとなくふっと「どちらが大切ということではなく、両方やらねば駄目なのであり、割合や配分の問題として認識せねば」といった実感、危機意識を、得ることができる、といった指針を、最近なんとか身につけてこれた雰囲気がある。