馴染むことと理解しやすくなること

▼▼ぜんぜん理解できない難解な書物──難解な概念、難解な整理と説明、難解な内容の書物、を、唯一の所持品として、例えば無人島に漂着し、繰り返し繰り返し、幾度となく読み続けていたら、いつしか、勝手に理解できている瞬間が来るのでは、というような知識と知性に対する認識がある。聞いてきた話を統合したらそうなりそうとか思ってる。
▼▼幾度も幾度も言葉をなぞることでほんの少しずつ染み通ってくる。言ってることに馴染んできて難解な説明の向こう側が見えてくる。▼▼なぞりだけでも結構イケる。▼▼意味がわからなくても教科書ぜんぶを三回読み通してみなさい、的な本とかの理路。
▼▼っていう構造の亜種として。
▼▼意外と複雑で難解な概念なのに、人類の文化圏での遭遇率が妙に高いので、なぜか皆様なんとなく手慣れたもののように理解しちゃってるやつ、と、構造はシンプルで、理解しようとするのにたいして負荷がかかるものでもないのに、遭遇率が低すぎて──珍妙な初期設定での思考実験でもしてみないと出てこないような突飛な概念ですらあって、結果的に、慣れてなさ馴染みのなさゆえに難しく思えてるもの、がありそう、と思った。
▼▼慣れ親しみ、によって、眼差しがどう変わるか──理解しようとする動機と熱意、くらいは変わりそうだし、動機と熱意が変わることで、真剣味が変わり、かける時間の量さえ変わって、取り組むスタンスまでも変わって、などなど、変化の連鎖が起こるなら、結果、親しみや馴染み、慣れ、と、理解力、は何処まで影響し合ってゆくのか。
▼▼数学で言うなら、乗法の公式よりも円の公式のほうが複雑なことやってそうに思えるけど、乗法の公式のほうが日常ではあまり出会う(話題にのぼる)機会がなくて、馴染みがないせいで厄介者寄りで認識されてそう、というか、まあほかにも、慣れてないせいでコンピュータに拒否反応を示してる人でも普段から使ってる電子レンジや洗濯機の細かい設定なら使い分けできてるとか、Excelの使いかたよりファッションの色の合わせかたのほうが余程難解なことやってそうなのにファッションの色合わせのほうが好きであっさりこなせてる人いそうとか、こういうあたりを思い描いてた。
▼▼難しそうと思わせる間もなく単純作業として無邪気に取り組ませ続けてたらいつの間にかうまくできちゃってることとかある、というような説話も浮かんでる。
▼▼複雑複雑と一口に言っても、複雑性にも物によって性質や傾向があって──こんがらがってるのと要素が多いのでは理解すべきものや対処すべきものが違ってて、人によって得意分野が違う、頭脳と複雑性の相性がある、というようなことも思う。
▼▼いずれにせよ、気持ち面での先入観、が、簡単と困難のグラデーション上での位置を変化させてくれることがありそう、なので、なんかまあうまくやろうと思った。ほのかな興味があるものに凄く好きだって目を発動させるのはわりと得意な気もしてる。