派手でなく華美でなく、煌びやかでも鋭利でもなく、丁寧な造りがスゴイ、っていう評価が、うまくできてるか怪しい

▼▼決して派手さや華美さはないけど丁寧な造型で、むしろその丁寧さが素晴らしく、ほんとうに素敵なものだ! っていうような評価に、わりと迷いがある。物語的創作物に対し、このあたりで掴めてないところが、かなりある? なんて印象が強いのだった。
▼▼こういうフレーズ全般が苦手だ、理解できないよー、っていうんじゃなくて、むしろ実際は、このフレーズで評価したくなるものも確かにあって、時々は言ってる、のに、このフレーズに合致した印象を持ててなくて、でも、しかも、持ててないのに、世間の評判うかがってるとそのあたりを強く褒められてるものを見ることがある、のだ……! というような状況があったりして、つまりズレを覚えることがあって、戸惑う。
▼▼実際に、素直に、認識できるような場面がある、のに、じぶんがぜんぜん認識できていないところでも使われてることがあるようなので、基礎や基本のところ、あるいは例外処理、に関して、掴みかたに不備があるんじゃないかなあ、っていう不安だ。

(間)

▼▼丁寧さってのは結局観測者によって解釈が違ってくるからね……、なんて言えるか怪しいところも、不安に拍車をかけている。▼▼いやだって「丁寧さ」が見る人によって違うとかある?
▼▼しかしこれは平坦とか安定というのと「丁寧」の混同があるのかなあ……。物語に対しての、安定や平坦、というような評価は、誰が見たって、まあまあ安定や平坦のように見える、って気がするからなあ……。これと同等で考えてる気はする。
▼▼平均値が高いことによる素晴らしさ、を持つものだったら、平均値高いのは誰だって判るのでは? って切り口か。
▼▼丁寧さによる素敵さ、って、平均値の高さ、って意味なの?
▼▼話題全般が「平均値が高い……!」って褒めかたによるもの、っぽくはあるな。
▼▼逆に言うと、極端さや先鋭的なところ、は、視る人によって違って見える──解釈の違いがおおきくなる?──趣味嗜好に依存するところがおおきくなる? のでは、ってふうに思っていたのだった。
▼▼のだけど──
▼▼改めて考えてみたら、極端な出っ張りや尖りっぷりのほうが、判りやすくて、観測者が誰だろうと見て取れる──認識できるし理解できる──ほんとうに丁寧な仕事っていうのは繊細なのものであって、繊細すぎて、眼の肥えた人の前にしか現出してこないことすらあるのだろう、なんてふうなことも言えるんじゃないかなー、と思えてきた。