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言葉と、豊潤と貧相

▼▼短歌や俳句や川柳などの、定型詩、が見せてくれる、言葉の意味の拡がりや豊潤さを受けて、びっくりしていることって多くて(この単語数だけで、こんなにおおきな情景を呼び覚ますだと……!)、感激させられていることだって多いし、大好きなのだけど、だからといって、ああいうもの「こそ」が素敵な言葉なのだ、と、言葉の意味、なんていうせっかくのものを――言葉の意味なんていう「それこそなんでもアリでしょ……」とか言えてしまうようなものを、そんなふうに単純化してしまったら――陳腐な納得に落とし込んでしまったら、駄目駄目だろ、とも思ったりする。避けたほうがよいと思っている。
▼▼というか、うーん、なんというかな……。▼▼豊潤でない、質素な(シンプルなものこそがよい、という方向性の「質素さ」とかではなく)、むしろ、野暮な、貧相な、粗末な、無粋な、おんぼろでみじめな、言葉――言葉の意味、というものに関しても、その復権を信じたいというか、信じさせてもらいたいというか、いやいやそういうのだって駄目じゃないのではないのか? と思っているところは、残したい、なんてふうに思っていたりする、のだった。いや、ちょっと曖昧かなー。でもそんな感覚である(今のところ)。