既成概念をぶち壊せ、的な色の濃いジャンル名だけ、ちょっと特別感

▼▼既成概念をぶち壊せ!的な社会攻撃性の特に濃いジャンルの名が、形容動詞的に、台詞として選ばれやすい、って風潮がもしかしてあるのかな? と少し思った。
▼▼昨日の日記で思いついた「これはロックだぜ!」「これこそ文学だ!」っていう台詞の中の述語である「ロック」や「文学」って、類似品に思える(と思って、昨日の文章では同時に挙げていた)「芸術/アート」「プログラム」「ゲーム」「哲学」「神」「数や幾何や法則」「編集」などでは実は置き換えできなくない? って気がしたのだ。昨日は挙げなかった「音楽」「映画」「写真」「書」「短歌」「演劇」「コント」とかでも置き換えはできなそうだったし……。
▼▼主語には置けるけど述語には置けないようだ、って雰囲気があって、述語に似合う似合わないは何で決まってるんだろう? と思ったのだった。創作物のジャンルとして若干毛色が違うものがあるのはなんなの? って思った。ロックと文学だけなぜ特殊に思えてしまうのだろう、と思った。
▼▼で。
▼▼既成概念をぶち壊せ……!って言えるような気分を、創作活動はいつだって多少持つのだろうけど、諸々の創作活動の中でも、特に攻撃性の濃い者達の集まりが、ジャンルとしての名を獲得することがあって、結果、当該ジャンル名が形容動詞的に祭り上げられるようになったりもする……。というようなことなのかな? と思ったのだった。
▼▼音楽集団の中に「これまでのやつをぶち壊してやるぜ乗り越えてやるぜ」なんて思想の者達が現れてきて、彼らの音楽が「××」と呼ばれるようになり、これこそ「××」だぜ、なんて台詞が可能になる、ような流れがありそう、と思ったのだった。
▼▼つまりまあ、絵画でも写真でも短歌でも俳句でも演劇でもコントでもゲームでもプログラムでも、下位ジャンルとして、既存の奴を破壊せよ……!という匂いを濃く持つものがあったりなかったりして、あるなら名前がついてきたりして、なくても今後たまに発生してきたりして、あとまあすでにあるのにじぶんが知らないだけだったりもしつつ、いつか形容動詞的に叫ばれるようになる? なんて理解でよい? と思ったのだった。
▼▼文学は文学で、ロックって言葉とは、少し位置づけが違う(音楽とロックの関係とは違う)雰囲気なのだけど、文学は文学で「既成概念を打破」の匂いを強く持ってると思うので、音楽とロックの関係、から推測できるような「位置の問題」よりは、やはり「攻撃性を持つかの問題」なのかな、ってふうにも思った。
▼▼突き詰めると、創作活動的ジャンル名かどうか、ってことよりも、既成概念や社会に対する攻撃性を強く持った言葉かどうか、ってことのほうが、余程、台詞「これこそが××だぜ」に配置可能/不可能の話の上では、重要な気もしてきたな……。社会攻撃要素を持つ言葉Xなら「これこそ××だ」ってわりと言える気すらしてきた。meltylove.hatenadiary.com