仮説貿易

▼▼仮説が多くを占める世の中で、簡単に断言できてしまう精神、あえて断言してみせる技術、といったものに思いを馳せてみる(フォーカスを当ててみる)ことが多かったりもしたのだけど、仮説のやりとり、仮説の取引、仮説の交換、仮説の貿易、人様と人様とのあいだで仮説が行き交うこと、あるいは、実際に行き交っていること、といった情景や状況について解釈してみようとするのも、好きな気がする、と、改めて少し思ったりした。
(人様の話を聞き、じぶんの話をする、といった事柄を、仮説の行き来、という形式で見做すことは可能そうであり、この、社会の仕組みとしての、仮説交換、といった構造や機構、解釈のしかたを、おもしろがることもできそう、って思ったのだった)
(ちょっと不安定で、ちょっと空疎な、でもまあ、解釈や認識というものである時点でなんとなく重要性の強さが薫るところもやっぱりある、ようなものを、世のあいだでやりとりしているのって、ほんのり気持ちよさそう、かつ、なかなか面白そうであり、あまり軽んじられるものでもないのかな、って思ったのだった)。