完全なる新語

▼▼哲学的思考の下では、新たな単語、新たな概念、を創出してみせんとするくだりというのが、時々あるかと思う──時々見かけたりする。例えばグリーンとブルーを混ぜ合わせた「グルー」なんかがそうだ(「グルーのパラドックス」で使われる概念である)。というようなことを思い浮かべながら、完全に新規の単語を創り出してみせる、ということは可能なのかなー、困難なんだろうか、というようなことを考えたりしていた。
▼▼漢字一つと漢字一つの新たな組み合わせ、既存の単語と単語の新たな組み合わせ、現状の言い回しを短縮しようとしたものや言い間違えたものから出てきた派生形、といった経路による「新語」は、いちおう想像ができたのだけど、まったくもって源流を持たない新語、というのは流石に厳しそうかな……、とは思えた。▼▼つまり単語にとって語源というのは必須なの? とも思ったりした。
▼▼語源から逃れられたと言ってよいかはあやしいけれど、擬音語や擬態語から出てくる新語、というのは、まあ可能な気もした。非常にしっくりする「音の言語化」「感触の言語化」があった時なら、普及しそうじゃない? とは思えた。意味を持ちうるか、何を意味と呼ぶか、ということもまた、別の話として出てきそうではあるけれど(そもそも擬音語や擬態語の意味とは)。