若輩時の驚きは肌に合わない

▼▼昔書いた文書ファイルも残っている。読み返していて若干辟易した。なんか気に食わないぞと思った。でもって、気に食わない理由がうまく掴めなくて考えていた。▼▼まあ驚きどころのズレがあるかなとは思った。新発見や大発見の驚きを、誰かに伝えた時、相手が当然のことかのように平然としていたら、多少、意気消沈する。しがちだ。恥ずかしくなることさえある。という情景に類似しているかな、と考えたりした。▼▼といった情景から、でも、びっくりを誰かに伝えた時、楽しく嬉しく思える時もあるな、とも思い直した。伝えた相手が、たとえ既知の驚きだったとしても、同意し共感してくれた時だ。そうそう! びっくりだよね! と言ってくれた時だ。
▼▼つまり、昔の文書ファイルを読み返している時に、そうそう!びっくりだよね!って言ってあげられてないんだよなー。なんでだよ、とは改めて思った。▼▼やっぱり、単純に、若い頃の驚きというのはつまり、未熟な頃の驚き、無知な頃の驚き、経験不足な頃の驚き、であり、今から見たら極めてフツー、のことにも、けっこうびっくりしていることが多いから、なんでもかんでも乗っかってあげられない、同意や共感がしづらいことが多い、的なところがあるのかなー。ありそうかなー。▼▼ありそう、と思った。▼▼この世界や社会について、誰もが、知らないほうから知っているほうに進むというののなら、まあしょうがないのか、とも思った。