いろいろなところにきもちよさを覚える

▼▼人間はいろいろな動きに「気持ちよさ」を覚える。挙動や手順ごとに気持ちよさゲージ変動量が異なる印象である。といった「気持ちよさ」に対する見識が、多く、深く、細かいことにより、幸福度を底上げできる気はするし、物事を創作する行為がうまくなりそうな気もしている。調整できるし操作できるんじゃないかと期待してしまう。まあ、動きにまつわる、非言語な、暗黙知的な、気持ちよさ、って、掌握するの滅茶苦茶難しそうだけれど……(形式知的な気持ちよさなんてある? とも思ったけど、生理的にこれをしたら気持ちよくなる、という説明なんて、いくらでもあるか……)(おおきな動きに関する気持ちよさの違い、微細な動きについての気持ちよさの違い、知覚の動きでの気持ちよさの違い、精神や情感の動きに対する気持ちよさの違い、というふうに細分化も可能で、このあたりをどう見るか、というのもあるかな……。両手挙げるのと、瞳動かすのと、見るところ変えるのと、思うもの変えるの)