ヒラマサ美味、と、普段は「ないがしろ」にしておく、という問題ありそうなスタンス

▼▼平政、平鰤、などと書かれるヒラマサという魚を食べた。非常に美味しかった。
▼▼美味しいものを食べる、ってことについては、ないがしろにしていた時期がけっこう長くあって、大切にする、重視する、優先順位を高くする、っていうような向きに、素直に「路線変更」できていないところがある。ある、と思っている気がするなあ。▼▼今さらスタンスを変えてよいの? という気分の話だ。


▼▼まあでも、厳密に言うなら、別にきちんとスタンス変更しなくてもよいじゃん、現状のままでもなんとかなってるじゃん、と、内心で思っているせい、な気もする……。
▼▼スタンス変更を公にしておかなくても困らない。普段は「元々の『ないがしろ』スタンス」で過ごしていてもあまり困らない。今でも日常の中じゃ「ないがしろ」にしていることが多くて――基本で、でも、美味しいものに出くわした時には、いつもないがしろにしててすいません、とか言いたくなる程度に、歓喜する。感激している。そういった時だけ「今までないがしろにしてたのミスってたなあ」って思い直せばよい、っていうようなやりかたで、これまでやってこれてしまっているせい、な気がするのだった。
▼▼中には素晴らしいものもある、と理解していながら、その理解を放置していて、つまり、普段は多少見下していて、稀に出くわすスゴイモノに対してだけは、ちゃんと、敬意を払ってみせる――玉石混淆的に時々スゴイモノが混出くわすことは、いちおう認識していて、そういうものに出くわした時だけ、襟を正す、膝を正す、折り目正しく、行儀よく振る舞う、ということに、決めてる、的なスタンスが、許されてしまっている、っていうか、おおきな不具合なく実行できてしまっている、から、まあなんとか稼働し続けてくれているからよいかー、って感じで、ちょっとボロくなった理屈のまま、不完全なところがありそうなスタンスのまま、変えるのメンドイ……、とめんどくさがりつつ、使い続けてしまっている、ようなところが、ある気がする。


▼▼滅茶苦茶駄目な運用をしている話、な気がしてきた。▼▼でも、この構造によるやりくり、いろんなところでやってしまっている気がするな……。