映像化を見ての、文章が好きだったのに

▼▼小説の映像化を見た時に、文章が好きだったのにな、なんて思うことがある。好ましく思っていた文章の匂いが、映像変換プロセスの中で、消されてしまった、なんてふうに思って、残念に思うことがあるのだ。が、逆に(そして当然)、嫌いな文章の匂いがうまく消えてくれた、漂白されているぞ、なんて思えることもあって、まあつまりよしあしなのだな、っていうことを考えた。
▼▼でもって逆の流れを想像した。映像を小説に変換する時──映像が言葉に変わりゆく変換プロセスの中に置かれた時、映像の「ここ」が好きだったのになー、なんて思えるような──小説における「文章が好きだったのに」に値するような要素、って、何なんだろう、と思ったのだった。同じ位置にある、と感じられるものは何処になるんだろう。
▼▼映像にとっての文章、とは何処のことになるのか。
▼▼演出?
▼▼シーンの流れ? 切り取り?
▼▼リズムとかテンポ、間? 演出と変わらない気もするけど……。しかも文章にだってリズムやテンポ、間はあるし。
▼▼絵柄? あ、絵柄か……。うーん。微妙。ぜんぜん違うとは言いがたい気もする。
▼▼絵柄が出た時点で、アニメで考えてるのかな? ってなったけど、実写だとどうなるんだろう、とも思うし。
▼▼(というか、アニメにおける「絵柄」って、ドラマにおいては何処になるんだろう、って疑問に派生しちゃいそうだ)(配役? 演技? カメラワーク?)(いやでも、映画で、この監督はこういう雰囲気の「画」を見せてくれる、みたいなのあるから、そのあたりか)
▼▼実写に(アニメで言うところの)絵柄(の雰囲気?)なんてあるかーい、ってツッコミもあってよい気はする。
▼▼そして、映像における文章、に関して、カメラワークは悪くない気もするな……。▼▼描きかたの、角度や視野、ズームアップやズームダウン。▼▼いやでも、文章というか小説にもカメラワークってありうるでしょ……。▼▼いやだから、その「小説のカメラワーク」が「この小説の文章が好き」って言われてたりするんじゃないの?
▼▼文体、って言葉に疑問符を向けていたのに似た疑問な気がする。
▼▼映像の文体、って言葉にしたら、改めて頭が動き出す気もするし。