道徳匙加減

▼▼最近少し苦手意識が出る議論を眺めていて、社会の是正の話が苦手なのでは、っていうのを思いついた。社会の是正の話になると目分量が使えなくなる、というか、匙加減が判らなくなる、せいだ、なんて言えるかなあ。程よい道徳量について毎回迷う。断言や公言ができるほどの自明性を確保できてない。人類にとって適切な「倫理的な分量」なんてのがあるのかなあ……? というような疑義が常にある、というのも思った。
▼▼自明、当然、自然、あたりの顔を、道徳や倫理の話に向き合う時は、出せない──出さないようにしている──出したくないと思っている。つまり、出さないほうがよい、という、一巡した道徳を持っている。あたりが関連していそうだった。
▼▼とはいえ説明不足の匂いはぷんぷんするなー。ほかにも理由があるんだろう。今後も試行錯誤を重ねてゆく余地が沢山ある話題である、と記憶した。