出目運の話しかた

▼▼サイコロ運に対して、確率論としてどの目も均等に出るはずであり、特別サイコロの出目がよい人──六ばかり出る人、なんて、いないはずじゃん、なんてことをツッコミたくなっていることがたまにあったのだけど、実際的な運のよさについて言うならば、六の目を出さないと駄目な時に運良く六が出せる、あるいは、二以上を出せばよいような時に運悪く一を出してしまう、というような状況の話になるはずであり、サイコロの目そのものがたとえ均等で公平であっても、運のよしあしはありうる、と思い直した。
▼▼というような誤解や誤認やズレが、わりとありそうだなあ、とも思った。最初から良いモノばっかり与えられている人、と、普通のモノばかり与えられていたけれど良い使いどころばかりに恵まれている人、というような「運のよさ」の違い、であり、手札運と状況運の違い、というふうにも言える。▼▼いわゆる「厳密には切り離せない話」になるかなとも思うけど。▼▼サイコロ運や手札運にフォーカスしようとするのと、場の流れや状況の運命にフォーカスしようとするのでは、眼の動き、頭の動き、コントロールするための手管や手際、が変わる気がする。といった違いを面白がっている、とも思った。▼▼というか当初は「サイコロの目なんて誰にでも平等に与えられているんだよ」というツッコミの「的外れ」について考えていたのだった。触れていなかった。