駄目主人公に成長譚ばっかり与えたくなる脳癖

▼▼成長譚が必ずしもよいわけでもない、とは思っているのだけれど、成長譚という型を望んでいたり好んでいたりするところは間違いなくある、と改めて自覚して──必ずしも駄目や不遇の克服や突破を志向していなくてもかまわないのだけれど、駄目なところについて、なんらかの動きが欲しい──放置はしないで欲しい──開き直るんでもかまわないけど変化が欲しい、と思っていることには気がついて、駄目なものを駄目なまま、しかもなんの手も加えないまま、物語が(長期的に)続く、っていうのは、駄目なん? 無理なん? と改めて問い直した(単純に、うまく想像できていない、想像が及んでいない、といった雰囲気があるような気配を感じたのであった)(駄目人間要素を持つ主人公を思い浮かべてみて、頭の中でいろいろとシミュレート的に動かしてみた時に、駄目なところに触れないまま進行してゆく物語、というのが、うまく紡げなかったのだ)