抽象論・具体論・側面

▼▼コダワリとコダワラナイの、平衡、比率、行き来、の調整が人生論的に重要だ、というような抽象的指針のことを整理しようかなという思考が始まっていて、実際に「コダワリとコダワラナイを同時に活かそうとする」のって、行動としては、誰かに何か言われた時や、自ら何かに気づけた時に、つまりは予感と好機の瞬間を、如何に、逃さないようにしておけるか──いつだって軽快に動けるよう構えておくことができるか、といったようなところに落ち着くのだろう、と思ったのだけど、こういう「抽象的指針」から実際の活動や行為を思い浮かべて「具体的指針」に変換していくプロセス、って、楽しいな、と改めて思ったりした。コダワリとコダワラナイの狭間のことを考える行動と、人からの意見にいつでも聞く耳持てるよう準備しておく行動は、異なった感触を持つもの、と、思えているけれど、同じことの異なる側面という認識も可能で、こういうふうに、複数の面から考えておくこと、複数の面を見て備えておくこと、複数の面を支えておくこと、って、楽しいし、肝心だ、と思ったのだった。役にも立つだろうな、とも思った。