文体、演出、ルール、システム、が推薦文で書きづらい

▼▼推薦文を頻繁に見かける時期だ。推薦文を読むのは好きである。書くのも好き。ただ苦手意識があるというか。たどたどしくこわごわやってる印象がある。効果的な書きかたが判らない、対自分で想定してもうまく掴めてない、という印象が強いのだった。
▼▼文章の文体、演劇や映画の演出、ボードゲームのルール、コンピュータゲームのシステム、などに触れた推薦文を「難関」と見てるな、って、経験を整理していて思った。雰囲気を形作るものたちを言葉で説明するのは難しめ、って思ってるようだ。そして、雰囲気を薦めたがっているのだな、というのも思った。
▼▼切り口やコンセプト、テーマ、ストーリーの流れ、は比較的書きやすい要素か。
▼▼感覚的なもの──非言語情報は言語変換に手間がかかる、というようなこと? って思ってよい話だよね? いやまあ当然だろ感もあるけれど……。▼▼となると、切り口やコンセプト、テーマ、ストーリーの流れ、は感覚的なものではないのね? って言えるのかな? 言語的なものである、と思ってよいの? 感覚的な──非言語的な、切り口やコンセプト、テーマ、ストーリーの流れ、は、ない、って言っちゃってよい?
▼▼切り口やコンセプト、テーマ、あたりは、最初から「言語変換後に立ち上がってくる概念」なのでは? ▼▼少し前に考えた「結論部、のようなものは、言語があるところでしか伝達しえない?」みたいな話に似てるような……。言葉がないと総括できないとか。
▼▼ストーリーは?
▼▼ストーリーは少し違うかな……、と思ったけど、ストーリーは出来事、っていえる面があるかと思うし、出来事って言語変換するのそんなに難しくないんじゃないの?
▼▼というか、演出もルールもシステムも、出来事として何が起こっているのか、だけを書くなら言うほど難しくないんじゃない? 
▼▼具体的に起こってる出来事/事象、と、実際に目の前にある出来事を読み取った時に心の中に発生してる情感、の区別ができてないというか、諸々の具体的な出来事から人間が何を感知しているのか、にまで触れようとすると難しくなるぜ、って話に見えてきた。
▼▼以下、追記。
▼▼言語的に記述しやすい具体的な「出来事」と、具体的な状況を受けて人が感じる「雰囲気」との間で、線引きして、いろいろ考えてみよう、というような思索の流れに、いつの間にか、なっていたけど、聴覚(音楽)や味覚/嗅覚のような「出来事」寄りのものでありつつ非言語的(出来事を人間が「雰囲気作り」してるものではないような)もの、に関する視点も、途中途中で混ぜちゃってた気がした。▼▼美味しい料理、よい香り、の推薦文の困難さ、も、話に絡ませるべきだったというか、脳内では絡んでたのに、絡めた意識が薄くて、文章化の際に書き添え忘れてしまった、って状況になってた。