ビジネス性と文学性の噛み合わせの悪さになんかありがとうと思った(昨日の日記の流れ)

▼▼最初に思っていたことをうまく描けなかった気がする……、と、昨日の日記に対して少し思ってしまったので、あらためてばしばしっと書いてみるけれど、うーん……、なんというかな……、えーと……、特にビジネス的な場だと顕著だと思っているのだけど、トロい下手こういう業務がちゃんとできてない、とかいうような事柄を理由に、簡単に、安易に、あっさりと、ひとを、邪魔だとかいなくていいとかほかのひとに替えてしまえとか言ってのけるような(言ってのけてるような)場面というのがあって、そういう言説に日常的に漬かってしまっていると、あー、んー、世界ってそういうものなんだっけか、と思い始めてしまったりするところもあるというか、そういう基準に慣れて無頓着になって盲目的になっちゃうというか、それで当然!なのかな!みたいな雰囲気に、意識認識視野視座脳内が飲まれちゃうことがあったりもするのだけど、なんかそういう方向性に染まってしまいそうになって、ううう、しかしなんかこれきつくない!!窮屈!!これが世界なのは嫌だ!!とか思った時に、なんとなく「文学」というもののことを思い出すことができて――文学というものに関して人が話していたことや、文学というものの中で語られていた言葉たちのことを、思い出すことができて、あ! そうか! よく考えたらこの世界にはああいう世界もあるじゃん! 別にこういう価値観ばっかりじゃ(当たり前だけど)ないじゃん! こんなのこの世界の一面、一部、一割じゃん! こういうの、文学的言葉ならぜったい否定してるよなあ(否定とか言うとまたズレそうであるけれど)というふうにカウンターを効かせるように思考を続けることができたりもして、うーん、やはり、いろいろな価値観があってくれてよかったな、あんなのだけが正しいわけじゃなくてよかったな、あんまり一つの価値観に立脚しないようにしよう、体重のかけかたや重心の位置を間違えないようにしよう(一つだけにしないようにしよう)、なんて思えた局面が、あったりしたのであった。文学よありがとうと思った。

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