世界は称賛に値する

日記を書きます

ツイッター言葉のねじれ

▼▼話す時は相手の目を見て話すとよい、といった指針の常時信奉者でもないのだけれど、Twitterのタイムライン上だと、言葉は、フォロイーに向けて発せられ、けれど、受信するのはフォロワーである、といった「ねじれ」があるなあ、ということは気になる瞬間があって──普段あんまり意識できていないな、と気づける瞬間があって、この「ねじれ」を「歪み」とか「断絶」とか認識してしまい、あんまり好きじゃないかも、って思うこともあるのだけど、とはいえ、素敵なところ、面白いところ、新しいところ、好きなところ、とも、場合によっては思えているかな、とも思った。