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物語のテーマと、歴史にテーマはないぽいなあと、キングダムと、出来事羅列の日常系

▼▼物語を「テーマ」という切り口/軸で評価して四の五の言う、って行動を批判する説明を、複数回、聞いたことがあって、まあだいぶ納得してたりもする。物語の正体や本意や核心は「テーマ」じゃないぜ、って言えるのかな。物語に触れてから「テーマ」を解釈せんとする試みや心意気は素敵に繋がったりするけれど、思考停止し「テーマ」ありきで物語を深読みして、粗探しして──勝手に物語の「テーマ」を掘り下げて捏造して、文句言うのは若干違うでしょ……、って言えるような駄目性はわかった。
▼▼けど、物語に対する評価の説明を書こうとして、迷い始めると、わりとテーマに頼ろうとしちゃうところもあるので──テーマを探そうと試み、テーマを掴んだ気になれると非常に感想が書きやすくなるのは間違いないので、テーマありき見たがるのも、まあ、わかる、とも思うは思うのだった。思うのだけど、この「ぼく的に書きやすくなる」っていう怠惰と身勝手による正当化によって粗雑にテーマを捏造し始めちゃうことこそがむしろ批判対象なってるんじゃないのー、って思えてもきた、な……。
▼▼物語がテーマを持つ、って何なの? って状況について改めて試行錯誤してたら、出来事の羅列は基本的にテーマなんて持たなさそう、って判断が浮かんできた。実際に現在起きている世界の出来事にはおそらくテーマなんてなく、日常の出来事を端的に描いた日記にもテーマはないんじゃないかと想像できる。無論、並び替えや描写のしかたによって読み取り軸を変質させることは可能だろう、って注釈も思いつけるけど……。つまりは編集なのかな……。編集の中にこそテーマは眠るというか解釈可能性があるというか……。
▼▼出来事の羅列ってつまり歴史だろ、とも思った。▼▼当初の思惑が「最近読み切った漫画『キングダム』34巻までの楽しさ描きづらいなあ」だったので──思考の基点が「だけど『キングダム』からテーマを読み取るのって妙に難しいぞ」だったので、やっぱり出来事の羅列性が強まる歴史物だと「テーマ」では見づらくなっちゃうのかねえ、なんて雑に連想してみたりもした。▼▼いや編集からテーマを読み取れるだろ……、って判断を軸に整理したら、じゃあ『キングダム』には編集はないの……? いやあるだろ、ならばむしろ編集面に目を向けることで読み取れるものがあるのでは……? 出来事の並び替えや取り上げかたに意味が見出せるだろ……、って思考が進んだりもした。
▼▼俗に言う「日常系」も「出来事の羅列」なんじゃない? って連想したのだけど、としたら、日常系と歴史系の類似性って解釈できたりする、かな? ▼▼いやでも日常系は結局会話劇な気もするし、会話における「言葉」は「テーマ」に繋がりそうなので、結局違う? ▼▼とか粗雑発想すぎない? ▼▼視点の切り替え時に雑な発想が湧いちゃうのはしょうがない気もするけど……。▼▼書くか書かないかでは……? ▼▼いや書くか書かないかで境界線引いてよしとしようする思想型のほうが最近は好きじゃないかもー。

キングダム 34 (ヤングジャンプコミックス)

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