直角や直線ばっかりで世界を観る/観ない

▼▼フローとストック、って概念の解説として──。▼▼ドラゴンクエストで、戦闘終了後のレベルアップ時に出てくるパラメータの数値変動がわかる画面をスクリーンショットしておくのと、移動時のコマンド「つよさ」によって見ることができるステータス画面で諸々のパラメータの数値をスクリーンショットしておくのの、違いである、っていう説明が、比較的よく頭に浮かんでいる。▼▼簿記や会計における損益計算書/フローと貸借対照表/ストックを理解するのに、このあたりの経験を活かして理解した、と言える。
▼▼対義語や反対語のように扱われてるのを時々見かけることがあるけど、なんとなく納得いってないところもあるんだよなー、って雰囲気は、現時点でも抱いてたりする。
▼▼けど、こういう「真っ直ぐ直線的180度反対側」に位置させてるだけじゃない対義語──もっと視点や角度の違う「背景や地点や姿勢」のもとで「二つの概念を取り上げて対立的に並置させてる」言葉と言葉、っていうものを、目指したくなる目的意識や必要性や遊びかたも、理解できたり活用できたりしていくことが、知性が向かってみせる流れとしては、まあまあ素敵なんじゃないかな? とも考えたりはする、のだった。
▼▼っていう知性の進みかたを、柔軟性、と呼んでしまってもよい?のか? って迷いは結構ある。しっくり来ないっていうよりは、しっくり来させたい雰囲気が強すぎる。
▼▼直線や直角のような幾何学的模様ばかりに頼って世界を観ないようにね……、なんて言えそうだ。▼▼幾何学的模様、って言葉が包みうる範囲をあまり精確に把握できてないので、若干危うい言葉使いだな、とは思った。▼▼歪んだ線も受容するぜー、っていうんじゃなくて、たとえ歪んでるように見えてもいわゆる非ユークリッド幾何学のように「こう見ると実は歪んでないぜ」と見なせる背景も持ち出せるよー、っていう調整機構の構築や獲得を目指したいのだった。▼▼歪みも扱えるなら理想である。